第七十七話
「エイラ遅いな」
「帰って来ないのじゃ」
塔では四朗とチェルナが暇を持て余していた。いつもなら夕食の時間だが、二人は帰って来ない。四朗が床に転がりお腹を見せ、だらしない姿態を晒しているそのお腹に、チェルナは頭を乗せている。膝枕ではなくお腹枕だ。
寝心地が良いかは分らないが、チェルナはそこがお気に入りだ。四朗を独占できるからだろうか。
「まぁ、エイラなら心配はいらないんだろうけど」
「でも、街で不当な扱いを受けていないか心配なのじゃ……」
チェルナはごろりと向きをかえ、四朗に顔を向けた。髭に元気は無い。四朗はそんなチェルナの頭を前足でぽむぽむと撫でる。
「二人っきりでいてくれた方が、仲良くなるのも早いって。二人がくっ付かなくて、友達だっていいさ。エイラの理解者が増えれば」
「でも、くっついてくれた方が、良いのじゃ」
「まーねー。それも二人次第さ。エイラの好みとか分れば良ーんだけど、エイラって不思議ちゃんだからなー」
チェルナの頭から喉に前足を移動させ、彼女をごろごろと言わせている四朗が呟く。
「不思議ちゃんって、何なのじゃ?」
「何を考えてるか、いまいち分からないって事」
「なんとなく、分るのじゃ」
チェルナは顎にある四朗の前足を掴み、カプっと甘噛みをする。四朗の肉球を犬歯でカミカミし始めた。
「なに? チェルナ、口寂しい?」
使い魔の二人はおなかがすく事は無いが、人間の時の名残と、時間を持て余している事でカリカリは食べる。むしろ大好物だ。
四朗的には、この世界に何故カリカリがあるのかを考えたこともあったが、今ではどうでもよい事に成り下がった。
カリカリは正義。
これが分かったから良いのだ。
「暇なのじゃ。エイラもいないから、今日は夜更かしをするのじゃ!」
チェルナのカミカミは、四朗の肉球から前足へと移って行く。四朗の表情は微妙だ。
「なんか魚の気分が分るかも。骨だけ残されて食べられてる感じ?」
カミカミされている四朗の感想だ。チェルナはお構いなしにカミカミに夢中だ。なにがチェルナをそこまで駆り立てるのかは、分らないが。
「シロは冷たいのじゃ! 妾にかまってくれないのじゃ!」
チェルナが噛みながらも、文句を垂れる。
「そんな事ないって。ぼちぼちカリカリでも食べようか」
絶賛腕をカミカミ中のチェルナの頭をぽむっと叩き、止めの合図を送る。
「エイラもいないし、今日は特別に猫缶を開けよう」
「のじゃ!」
チェルナの目がキラッと光り、尻尾がピコンと立ち上がる。猫缶はカリカリとは違ってしっとりしているが、味が良いのだ。チェルナは四朗の腕を放すと、猫缶の隠し場所へとトコトコ走っていく。猫缶の隠し場所は既にバレている。食べ物への執念は、凄いのだ。
戸棚の前に行きにゅーっと尻尾を伸ばし、器用に戸棚の取手に引っ掛けて開けてしまう。そこから戸棚の中にジャンプして身体ごと入る。こうなれば好き放題だ。チェルナが猫缶を放り投げてくるのを、四朗は後ろ足で立ちあがり、器用に前足でキャッチする。缶切りは存在するが二人にそんなものはいらない。
にゅっと前足の爪を出し、缶の縁にザクッと差し込む。そのまま力で缶の蓋をギリギリと切っていく。使い魔ならではの力技だ。
チェルナは口に皿を二枚咥えてきて床に置いた。尻尾にはフォークを一本巻き付けている。
「皿とフォークを持ってきたのじゃ!」
「さんきゅー!」
四朗はお尻をペタンと床に付け、前足でフォークを挟み、缶に差し込んだ。チェルナは缶の固定係だ。床にうつぶせになって前足で缶を押さえている。
四朗は少しずつ二つの皿に取り分けていく。
「む~~。こっちが多いから、こっちが良いのじゃ!」
二つの皿とにらめっこしていたチェルナが騒ぐ。四朗は「はいはい」とそっけない。多い方を譲るのは大人として、男としてのマナーだ。
「食べるのじゃ!」
「いっただっきまーす」
二人は夢中で食べ始めた。だが食べ始めるとあっという間に、終わる。二人はその場に横たわり、だらしなくお腹を見せた。
「あー、食べてすぐに寝ると牛になるな」
「シロが牛なら白毛牛なのじゃ」
「なんか、美味しそうじゃないね、それ。チェルナの黒毛牛の方が美味しそうだ」
「食べちゃダメなのじゃ!」
チェルナはまた四朗のお腹を枕にする。すでに定位置だ。
「満足すると、眠くなるよね」
「の……じゃぁ……」
気持ちよいのか、チェルナは寝てしまった。
「箱に行かないと~……」
結局二人は片付けもせず、夜更かしもせず、そこで寝てしまった。




