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猫の四朗  作者: 海水
魔女と星の王子様
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第七十六話

 アークから離れた星は、また強く輝き始めた。さっきよりも数段明るく、仲良く二つ並んでいる月よりも明るかった。夜空に鎮座する太陽の如く光るその星は、動揺している他の星に対して「大丈夫だ」と語りかけているようだった。


「ふう、こっちはこれで大丈夫だ」


 アーク額に汗をかいていた。それ程大変だったのだろう。だが今は手足がすっぽりと毛布に覆われてしまって拭けない。


「あー、目に汗が!」


 アークの叫びにエイラが状況に気が付いた。


「あぁ、すまない。いま拭くよ」


 エイラの右手がズボッと毛布から飛び出した。その手には黒いハンカチを持っている。コレも魔女用なのだろうか。

 後ろにいるエイラはそのハンカチをアークの額にペタペタと押し当て始めた。アークの汗ばんみるみるなくなった。


「あのエイラさん?」

「おとなしく拭かれていたまえ」


 エイラはにべもない。


「ほらアーク、ほうき星がぐるぐる回ったままだぞ」


 それどころか楽しそうにアークに指示を出し始めた。エイラの声が弾んでいるのだ。


「あ、忘れてた!」

「ほらほらほらほら!」

「ほうき星くん、ごめん」


 アークは必死に声を張った。そうするとぐるぐる回っていたほうき星の回転がゆっくりになって、ついに止まった。


「……ほうき星って、止まっても尾があるんだね」


 エイラはきょとんとした顔で、尾っぽをたなびかせているほうき星を眺めていた。ほうき星は黄色く光り、ぴちぴちと魚の様に尾っぽを動かしている。まるで夜空を泳ぐ魚のようだ。


「そう、ですよ?」


 アークは当然、と言ってきた。


「……いやぁ、私は知らないことなんてないと思っていたけど、そんなことはなかったんだな」

 

 エイラは満面の笑みを浮かべた。ニッコリしながら右腕をアークの首に回し、アークの頭にぐりぐりと頬ずりをしている。


「ふふ、まだまだ私の知らないことは、沢山あるんだな」


 夜空の星たちがいつもの平穏を取り戻すまで、エイラとアークは毛布にくるまり、お月さまの如く、黒い空に浮かんでいたのだ。





 夜の(とばり)もとうに降りた頃、エイラとアークは部屋に戻り、ベッドに潜り込んでいた。アークは疲れたのか、ゆっくりとした寝息を立てている。エイラは腕枕でそんなアークを眺めていた。


「今日は楽しかったな。星達があんなに気ままに動いているとは、知らなかったよ」


 エイラは眠っているアークに対して、そんな事を言った。


「んにゅ~~」


 アークはもぞもぞと動き、毛布を手繰り寄せている。体も猫の様に丸くしていた。


「チェルナみたいに丸くなってるな。寒いのかな?」

 

 エイラは半身を起こした。エイラ的には寒くはないが、アークにとっては分からない。もしかしたら月は暖かいのかもしれない。単に寒がりなのかもしれない。寝相が悪いだけなのかもしれない。


「その事も、私は知らないな」


 エイラは口元に弧を描くと、毛布を手にとってベッドから降りた。直ぐ向かいのアークのベッドに膝をつく。


「夜空で楽しませてくれたお礼だ」


 エイラは身を屈め、ぬくぬくと丸まっているワークの頬に唇を落とした。そしてアークの体の上に自分の毛布をかけ、もぞもぞとその中に潜り込んでいく。


「湯たんぽ代わりには、なるかな?」


 アークの背中にぴったりと寄り添い、エイラは目を閉じた。夜空では、二つの月が、窓から柔らかな光を差し込ませていた。

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