第七十五話
夜空をジグザグに駆け抜けるほうき星を見たアークはプンスカと怒り、空いている方の腕を上げた。
「こらー、ほうき星君、真面目にお仕事しなきゃダメー!」
アークは空に向かって大声で叫んだ。ほうき星は仕事らしい。他の星も仕事で光っているのかもしれない。
暴走するほうき星は、そんなアークの声など聞こえないかのように、ジグザクに動き、一筆書きの星形をかたちどった。アークを馬鹿にしているのだろうか。
それを見ているエイラは、珍しく、あんぐりと口を開けていた。
「初めて見たよ、あんなほうき星は……」
目を大きく開いたエイラが、感嘆のため息を吐いた。隣では手を繋いだままのアークがうーうー唸っている。
「もー、ちゃんとしてよー! 言う事を聞かないと、こうだぞ!」
アークは空に向けている手を爆走しているほうき星に向けた。そうして腕をぐるぐる回し、円を描く様に動かすと、言う事を聞かないほうき星はアークの腕にシンクロするような動きになった。
真っ黒な空に星の丸が描かれているのだ。
「うわぁ……」
夜空の半分の大きさ程の巨大な円が、黄色いほうき星のよって描かれる様を、エイラは楽しそうに眺めている。長く生きているエイラでさえ、こんな不思議なものは見た事が無いのだ。
その様子を見ていた他のおとなしかった星が、動揺しているのか、ふるふると動き出した。星達は迷子の様に彷徨いはじめ、夜空はパニックになってしまった。
「あぁ、大変だ……」
「すごい……」
項垂れるアークの横で、エイラは幼子の様に目を輝かせている。夜空の星に負けないくらいに、目を輝かせて、目の前の摩訶不思議な光景に見入っていた。
「エイラさん、どうしよう」
アークが泣きそうな顔でエイラを見ている。エイラは「ふむ」と考え始めた。星の運航を制御するのはアークでないとできないのは間違いない。今地上にいてそれが出来ないのであれば、空に上がってしまえば良い。エイラはそう結論づけた。
「よし、空に行こうか」
「……はぇ?」
エイラは一旦アークの手を離し、彼の後ろに回った。アークの両手を上げさせ、脇から彼のお腹に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「え、あの、ちょっと」
背中に当たる大きな柔らかい感触に困惑したアークが狼狽えているが、エイラは知ったこっちゃない風だ。
「さぁ、いっくぞぉーー!」
「うわぁぁ」
エイラの掛け声とともに、二人の体はふわふわと浮かび上がって行く。さっきよりも早く上昇していき、どんどん宿屋の屋根が小さくなっていった。
ただ上に行くほど寒くなっており、流石のエイラも寒さに震えだした。
「さ、寒いです……」
「ほんと、寒いねっと!」
エイラの声で、強大な茶色い毛布が出現した。そのデカい毛布は、わたわたと二人の体を包み込んでいく。二人は毛布の塊からひょっこりと首だけ出している姿になっていた。
「あ、暖かいです」
「これなら寒くないな」
二人はそのへんてこな姿のまま、夜空へと向かっていく。そうしていると、一つの輝く星がふらふらと近づいてきた。眩しいくらいの光を発したその星は、アークのすぐそばまで来ると、その輝きを緩くした。その事に気が付いたエイラは、上昇することを止める。
大きさはエイラと同じくらいの、光の玉だ。眩しくない様に鈍く光るそれは、アークの目の前に停まった。
「あぁ、君は僕に気が付いたんだね。よかった。ねぇ君、皆に僕がここで見ているって伝えて来てよ。あとほうき星君はここに来るように」
アークはその星に話しかけた。その星は理解したように点滅を繰り返すと、凄い速度で上昇していった。




