第七十四話
「まぁ、シロ君とチェルナがどうしてあそこまで仲が良いかは、分ったかな? アークのお母さんのおかげだよ」
エイラはアークに向かい、にっこりと微笑んだ。二人が来て騒がしくはなったが、以前に比べて格段に楽しい生活を送っているのだ。実際にエイラは月の神には感謝していた。
「そ、そうだったんですか……だとすると、僕が蹴り飛ばされて地上に来た理由って……」
アークは下を向いた。自分がここに居る理由が分からないのだ。母親が送り出したのだから、何らかの理由はあるのだろう事は、理解している。事前に話もなかったことも、何か理由があるのだろう。
「そうねぇ。なんだろうねぇ?」
エイラは首を傾げた。と、その時アークが素っ頓狂な声を上げた。
「あ、忘れてた!」
アークは窓に駆け寄り、真っ暗な空を見た。真っ暗に見えるのは部屋が明るいためであり、実際には無限とも思える数の星が輝いている。
「あーーーーー、やっぱり!」
アークは近所迷惑を省みず叫ぶと、ガッと窓を開け身を乗り出した。
「ちょっと、アーク! 何してるんだ!」
エイラもベッドから飛びおり、アークの体を掴んだ。それくらい身を乗り出していて、落ちそうだったのだ。
「あー、ここからだと良く見えない」
「アーク。何が見えないんだい? 困っているなら手を貸すよ?」
「星が、勝手に動いてるんです……」
窓の外でアークが嘆いている。エイラはアークの背中をポンポンと叩いた。落ち着けという事と、私がここにいると知らせているのだ。
「あ、エイラさん」
ちょっと外の冷気で頭が冷えたのか、アークが部屋の中に身体を戻してきた。
「窓から飛び出すのかと思ってしまったよ。驚かせないでくれたまえ」
エイラは腰に手を当て、ちょっとお説教の様に諭す。悪いと思ったのかアークは身を縮めた。
「ごめんなさい。いっつも暗くなってから星達の動きを確認してたのを、思い出したんです」
星の運航を司るのがアークの仕事だ。だが地上に降りてから初めての夜だったので、浮かれて忘れていたのだ。
「あぁ、そういう事か」
エイラも納得したのか、腰に当てていた手を顎に当てた。
「それで空を見るために窓から……それなら、ちょっと空に上がって見るか」
エイラがパチンと指を鳴らすと、頭上から魔女帽子が落ちてきて、ぴったりと頭に収まった。いつものミニスカートとは違うが、魔女の出来上がりだ。
エイラは唖然としているアークの手を取り、足をタンタンと二回鳴らした。するとエイラとアークの輪郭がぼやけ、透明になり、少しだけ浮きあがった。
アークは何事かと自分の体を見た。
「あの、これって?」
「あぁ、ちょっと空気になってみたのさ」
エイラはパチッとウインクをした。アークはその言葉に目をパチクリさせるだけだ。
「さぁ、行くよ!」
エイラはアークの左手を引いて、窓にふわりと近づいていった。エイラの体は壁に当たることなく、するりとすり抜けた。続いてアークの体も壁を通り抜ける。
「えぇぇぇぇぇぇ!!」
驚くアークの叫びを無視してエイラは空に向かってふわふわと浮かんでいく。
「アーク、手を離しちゃダメだよ。魔法の効果が切れちゃうからね」
そう言われたアークは、必死な顔でエイラと繋がっている手をぎゅっと握った。
「そうそう、離さないようにね」
エイラは楽しそうに笑った。二人の体はふわふわと漂って、宿屋の屋根に降りた。
見上げれば、真っ黒な空に浮かぶ無数の星の瞬きと、縦横無尽に暴走するほうき星が見えた。




