第七十三話
太陽が地平の下にさよならしたくらいの時間に、エイラとアークは宿屋の部屋に入った。大きな街ではないからか部屋も数も少なく、見た目女の子同士もあって同じ部屋になったのは仕方がないことだ。あてがわれたのはベッド二つにちょっとした机と通路と窓しかない、狭い部屋だ。
「あの……おなじ部屋ですけど」
「ん? まぁ、ベッドは二つあるんだし、私は構わないけどね」
アークは一応男なので、同室を気にしたらしいが、エイラは些末な事と斬り捨てた。
「さて身軽な格好になろうかね」
エイラがパチンと指をならすと、ベッドの上に寝間着が落ちてきた。魔女服と違って丈の長いスカートのワンピースだ。もちろん色は黒だ。ポリシーがあるのだろう。
「アーク。君も着替えたらどう? せっかく買ったんだし」
エイラは魔女帽子を外し、ぽいっと上に投げた。すると空中で魔女帽子は消えた。
「えっと、あの、その」
「あぁ、お互い背中を向けようか」
アークは口をもごもごさせているが、エイラは気にせず魔女服のボタンを外し始めた。
「君には裸を見られてるんだ、今更何を恥ずかしがるんだい?」
エイラはニヤッと笑う。アークは顔を赤くし、ぷいっと背中を向けてしまった。それを見たエイラも背中を向けた。
小さな部屋に布が擦れる音が響き、やがて静かになった。
「たまには、違うベッドもいいものだ」
エイラはごろりとベッドに転がった。塔にあるベッドと比べる事が馬鹿らしいほど小さいベッドだが、エイラはそんな事は気にしていない。大の字になって天井を眺めている。
アークはそんなエイラを眺めている。アークの恰好はズボンに長そでのシャツと、中性的だ。男にも女にも見える。一応女の子二人で泊まっているのであからさまに男の服は着ていない。
「どうした、私に何かついているかい?」
アークの視線に気が付いたエイラがむくっと起き上がった。
「あ、あの、さっきの猫ちゃんの話が……」
アークはおどおどしながらも、エイラに話しかけた。
「あぁ、そうだったね」
エイラは胡坐をかくと語り出した。
「そもそもシロ君は元人間だったらしい。どこか遠くの国だと言っていたけど、全く違う所から来たんじゃないかと私は思っているんだ。彼が偶に口にする不思議な言葉を、私は聞いたことが無いし、残された魔女の文献にも無かったからね」
エイラは体を左右に揺らしながら、目線を上にあげて考え事をしているようだった。
「まぁ、シロ君がドコから来たのか、なんて詮索はしないよ。彼はもう、私にとって大事で必要な猫ちゃんだからね」
エイラはにこっと笑った。アークはその笑顔を、じっと見つめている。
「そのシロ君が、まだ人間だったチェルナの元に行ったのが始まりだったのさ。そこで運命の歯車が動いちゃったんだよ」
「その時点で、母が関与していたんですか?」
「いやぁ、そこまでは分らないんだけどさ」
アークの興味は、自分の母が何かに関与している事のようだ。顔は真剣そのものだ。
「チェルナは元々体が弱くてね。死期を悟った時に月の神様にお願いをしたんだ。ずっとシロ君と一緒にいられるようにってね。で、すぐに亡くなってしまったチェルナの魂は、私の使い魔で、動くことのなかった黒猫の中に入り込んだんだ」
「え、じゃぁ、二人とも、元々人間なんですか?」
「そうさ。だからしゃべれるんだ」
アークは口をあんぐりと開けた。彼にとっては衝撃的な事実だったのだろう。またその手伝いをしたのが自分の母親だったというのも、それに輪をかけているのかも知れない。
エイラはそんなアークを見て、微笑んだ。




