第七十二話
「ほら、時間もないから服を買いにいかないと」
エイラは嬉しそうに笑っているアークを急かす。夜までに塔に戻るつもりだった。アークが高いところが怖いと言うのであれば、予定よりもかなりの時間がかかるはずだ。すでに昼は過ぎた。おちおちしている時間はないのだ。
「あ、そうでしたね」
アークはペロっと舌を出した。スカートでその仕草は、女の子にしか見えない。アークは道行く若い男の視線を独占した。
エイラは周囲の彼等を一瞥し、同情した。同時に見た目女の子が実は男と知ったらどうなるかも想像して、クスリと笑った。
「あー、エイラさん。変な事考えてました?」
「まぁ、ちょっとね」
「酷いです!」
ぷっくりと頬を膨らませるアークにエイラは苦笑いだった。エイラはそのふくれた頬に指をぷにっと突き刺す。
「ほら、早くいくよ」
エイラはアークの手を掴み、グイグイと引っ張って歩いていく。街の人間は、似てない姉妹だと思っているのだろうか、微笑ましい笑みを浮かべていた。
二人はこの街で唯一といえる、服を売っている店に来た。ちょっと古そうな木造の小さい店だが、探した結果ここにしかないことが分かった。小さい街だから仕方がないだろう。
「お店です!」
アークは何を見ても喜んでいる。この街に入ってからずっと顔の周りには星が輝いていた。街の人が騒がないのは、笑顔が眩しいと錯覚でもしているのだろう。
「少ないかもしれないが、売っているだろう。着替えが無いと不便だしね。さて入ろうか」
「はいっ!」
アークの元気な返事で二人は店に入っていった。
「まいどあり~」
店主の声と一緒に二人は店から出てきた。空はすっかり茜色に変わってしまっていた。
「あれ、空が暗いです」
アークが天を仰いだ。
「そりゃあれだけ迷ってたら、時間も経つさ」
横に立つエイラはちょっと口をへの字に曲げた。アークはいくつかの服を選んだが、どれが良いのかずぅぅっと迷っていたのだ。
金はあるから全部買ってしまえ、というエイラの言葉にもうんとは言わず、選んだ服を目の前にして腕組みをしていた。
「だって、申し訳ないですよ」
「お金は有り余っているんだよ。昔に稼いだお金が沢山あるし、使い道もないから減らないんだ」
エイラは、はぁ、と息を吐く。
「今から帰っても夜中だ。それに空を飛ぶとアークが怖がるし」
エイラの横でアークは項垂れ、しょんぼりしている。エイラは横目でちらっとアークを見た。
「……仕方がない、今日はこの街に泊まろうか」
「帰らなくても、良いんですか?」
アークは首を傾げながら、エイラの顔を覗いた。
「あの二人なら心配いらないさ。どうせ仲良くやっているよ」
エイラは口を尖らせ、ちょっと拗ねた顔になった。
「あの不思議猫ちゃん達は仲が良いですね。二人は番なんですか?」
エイラの拗ねた顔が気になるのか、アークはちょっと困った笑顔だ。
「あぁ、番さ。月の神様が願いをかなえてくれて、ずっと一緒にいられるんだ」
「母がですか?」
突然自分の母の名前が出て驚いたのか、アークの目はぐわっと開かれた。
「あぁ、後でゆっくり話をするよ。確かお昼を食べた店が宿屋だったね。そこに行こうか」
「は、はい!」
エイラとアークは宿屋に向かい、並んで歩き始めた。




