第七十一話
歩く事数時間、街を守る簡素な壁が見えてきた。木で出来た壁は、簡単に壊れそうにも見えるが、ただあるだけでも獣は入ってこれないのだ。
「ふぅ、やっとついたね」
「結構歩きましたね!」
腰をトントンするエイラの横では、スカートをはいていることが頭から抜けてしまっているのか、くるりと一回転しているアークがいた。
「アーク、君は男の子なんだよ?」
「僕は大人です!」
エイラが呆れれば、アークは頬を膨らませて言い返す。そんなところが子供だというのに。そもそも男というのが抜けている。
エイラは、ふぅと息を吐いて気を取り直した。
「まぁいいさ。ほら、中に入ろう」
街の入り口では、自警団であろう剣を持った男性が、ぽやーんと二人の様子を見ていた。
「気を付けてな!」
「あぁ、ありがとう」
鼻の下を伸ばした男性に見送られ、エイラとアークは街に入った。街といっても街道沿いの宿場町とはいかない規模だ。要は小さいという事だ。だがいくつかの商店と、宿屋くらいはある様だった。アーク用の男物も、買えそうだ。
「さて、まずは服だね。歩いてきたから、予想よりも時間がかかってしまっているよ」
その時アークのお腹が、くぅ~と鳴った。エイラは苦笑してアークを見た。
「そうだね、昼食を食べてなかったね」
「お腹、すきました」
アークはポリポリと頭を掻き、恥ずかしそうに、はにかんでいた。
エイラとアークは手近な店に入って食事を終えた。どうやら宿屋を兼ねた店らしく、酒場のようだ。酒場といえど昼は食事もできた。
二人はそこを出ると、また歩き出した。
「あぁ、お腹いっぱいです」
アークはちっとも膨れていないお腹をさすっている。エイラもそれほど食べないが、アークも小食だった。
「アークは何を食べても、美味しい、しか言わないなあ」
「月の食べ物って、みんな黄色いんです。何食べてもバナナの味に感じちゃって……」
「……月には黄色いものしかないのかい?」
並んで歩いているエイラが聞けば、アークは苦笑いをした。どうやら正解のようだ。
「『月は黄色くなくちゃいけないんだよ』ってのが母の口癖です。だから月にあるすべてのモノは黄色いんです」
アークは今は上がっていない月を見るように、空を見た。
月の女神がそう決めたのならば、そうなのだろう。だがアークの顔はゲンナリしていた。
「いっつも色々な色がある地上を眺めていたんです。いーなーって
アークはにっこりと笑った。
「食べ物に色があるだけで、こんなに感じる味が違うなんて、思いもしませんでした」
勿論色が変わっただけで味が変わる訳ではない。ただ、人間も食べ物の色によって食用が湧く湧かないなどはある。
「こんなに色がある風景にいられること自体が、夢のようです!」
星を煌めかせ、嬉しそうに笑うアークを、エイラはじっと見つめていた。




