第七十話
「エイラお姉様、カッコイイです!」
アークは目を輝かせ、エイラに見入った。
「魔女なんて、絵本でしか見たことが無いです! 大きな山を平らにしちゃうとか、空も飛べるとか!」
アークは興奮したのか、ちょっと頬を赤くしていた。目も、ちょっと潤んでいる様だ。
「そっか、だからさっき杖で飛んでいたんですね! 僕も、飛んでたんですね! 凄い!」
アークのテンションが謎の方向に上がって行く。それに従ってエイラの顔がだんだんと引きつって行く。
「そうだ! 僕を助けてくれたってこと、すっかり忘れてました! まだお礼も言ってないんですよね!」
アークは顔を赤くしたままエイラの手を両手で握った。そしてぶんぶんと上下に振り始めた。
「エイラお姉様、ありがとうございます! 魔女さんに助けてもらったなんて、僕は運が良いです!」
キラキラと輝く瞳を向けられ、エイラは頬を引きつらせた。アークの謎テンションは、魔女ですらドン引きだったのだ。
「ま、まぁ落ちついてよ」
ガクガクと揺すられながらも、エイラはアークを落ち着かせようとした。腕を上下から段々とエスカレートして頭も前後に揺すられてしまっている。アークは見かけよりも力があるらしい事は分かったが、ちょっと興奮し過ぎだった。エイラの魔女帽子が今のも飛んで行ってしまいそうに揺れている。
「ア、アーク、私が、壊れてしまうよ」
実際に壊れてしまうことなどないが、アークにやめてもらうには、これくらい言わないと通じないのかもしれないと考えた末だ。その言葉を聞いたアークはピタっと動きを止めた。
「ご、ごめんなさい。嬉しくて、つい」
アークは慌てて手を離した。恥ずかしいのか俯いてしまった。
「魔女は珍しいかもしれないが、良いものではないぞ? それとお姉さまはやめてくれないか。その、恥ずかしいのだ」
自ら「お姉様」を要求したが、連呼されると恥ずかしくなったようだ。ただ、魔女と知らせても拒絶されなかった事は嬉しかったようで、視線を逃がしながら、ずれた魔女帽子をくいっと直した。
「僕を助けてくれたんですから、少なくとも悪い人じゃって、あ、悪い魔女さんじゃないですよね?」
アークはにっこりと笑った。
「月は、ただただ黄色いんです。見える山も、流れる水も、みーんな黄色。食べる物も黄色なんです」
街までの道すがら、アークは月での生活を語っている。
「走ったらすぐに一周しちゃうし」
「なんだか小さな島みたいな所なんだね」
「そうなんですよ、」
アークは堰を切ったように話し始めた。月から来たのに月の文句ばかりだ。
「作ってもらった食事は色が鮮やかで、美味しかったんです!」
「大したものじゃないんだけどね」
星を散らばせて頬を綻ばせるアークに対してエイラは苦笑いだ。肉詰めを焼いただけだからだ。
エイラは料理ができないわけではない。むしろできる。長い暇な時間の中で、一時期料理にはまっていた時期もあったのだ。
「じゃあ、買い物を終えて帰ったら、まともな料理を作ってしんぜよう」
「わーい、やったあ!」
無邪気に喜ぶアークを、エイラは笑顔で見ていた。




