第六十六話
「僕、ですか?」
「そうさ」
アークは目をパチクリしている。予想外だったのだろう。
「月の女神の子供であるならぱ、君も神なんじゃないかな?」
「うーん、そうなるのかなあ?」
アークは可愛らしく首を傾げる。ワンピースを着ているから女の子にしか見えない。声は男の子なのだが。
「みんなが神様って言ってるから、神様なのかな?」
アークは困惑の顔だ。実感はないらしい。エイラはカップに口をつけ、少し傾けた。
「神様という存在は、いるとはされていたが、見たという話は余り聞かなくてね」
四朗には、エイラの目が、なんとなく輝いているように見えた。体も少し乗りだしている。
「そうなんですか?母上は結構姿を消しますけど。ふらっと消えて、いつの間にか帰ってきてるんです」
史朗とチェルナの恩人、もとい、結びの神様は気まぐれらしい。
「困るんですよねー」とアークは眉尻を下げた。
「子供を蹴り落とすとか、行方不明になっちゃうとか、神様のイメージががが」
「もっとキリッとしているのかと思ってたのじゃ」
「なんか、コレじゃない感が、ね」
二人の言葉も大概厳しい。そんな辛辣な言葉にもアークは微笑んでいる。
「父も母も、結構いい加減ですから」
アークは顔の周りに煌めく星を散らせながら、笑った。
「アークって、見た目は若いよな」
四朗から見て高校生くらいに感じる。だが見かけの年齢なわけはない。これでも神様の子供だ。
「そうだな、私よりも、若そうだ」
エイラがそう言うと、アークはちょっとむっとしたようだ。彼の顔は分かりやすい。
「僕、体は小さいですけども、大人なんですよ!」
アークは腰に手を当て、少しだけふんぞり返った。しかし、頑張っても青年には見えない。
「へえ、じゃあ何歳なんだい?」
エイラはからかうように笑いを堪えながら言葉を発した。その態度にアークは口を尖らせた。ピンクのワンピースを着て可愛いからか、不満を示すどころか可愛いさをアピールすることになっていた。
「聞いて驚かないでください」
アークは立ち上がり、腰に手を当てた。
「なんと、三百歳です!」
アークは自信たっぷりに叫んだ。が、四朗もチェルナも、そしてエイラも特に反応を見せなかった。
「そっか」
「なるほどなのじゃ」
「へぇ、見かけによらないなぁ」
三者三様である。三人の様子を見てアークが驚いていた。
「え、だって三百歳ですよ? 凄いでしょ?」
「まぁ、人間を基準に考えれば凄いっちゃ凄いんだけどな」
四朗もすでに使い魔であり、実感はないが寿命はエイラと等しい。エイラが今までに何年生きてきて、これからどれくらいの月日を生きていくなど四朗は知らないが、三百と聞いてもピントこなくなってしまっていた。
「ふふ、では教えてあげよう」
エイラがにまっと笑い、アークの耳元に顔を寄せた。何か言ったのだろうか、アークがかぱっと口を開け、みるみる驚愕の表情に変わっていく。エイラがアークから顔を離すと、アークはエイラをじっと見つめた。
「お、おばあまにゅーー」
エイラの両手が瞬時にアークの頬に移動した。親指と人差し指でむにっとアークの柔肌をつまんでいる。エイラの背中から、禍々しい何かが染みてくるのが四朗にも、チェルナにも、はっきりと分かった。二人が使い魔だからではない。はっきりと分かったのだ。
「いいかい、年上の女性の事をいう場合にはだね、『お姉さま』と呼ぶのがルールだ。イイネ?」
アークはほっぺをつままれたまま、コクコクと頷いた。エイラの顔は分からないが、アークの目を見開いている表情から察することはできた。
ホント、エイラって何歳……ここまで考えた四朗は、急に動作を停止させた。頭の中にはアラートのサイレンが鳴り響いていた。これ以上は危険だった。
「ふむ、分かってくれたようだね」
誰に語り掛けた言葉なのかは分からないが、エイラはそういうと、アークの頬から手を離した。
ちょっと怖かったのかアークは手を頬に当て、潤んだ目を上目遣いにし、エイラを見つめている。四朗とチェルナには、ピンクのワンピースの美少女がエイラを見上げているようにしか見えなかった。
「はい。あ、あの、エイラお姉、さま?」
途端にエイラは鼻を抑え、ガクッと身体をよろめかせた。頬を赤らめ、アークから視線を逸らしている。
「な、なにか、道を踏み外しそうになった気がした」
この様なシチュエーションに耐性の無かった魔女は、何かに負けた。




