第六十五話
「取り乱してゴメン。ちょっとショッキングな事実が発覚してさ」
四朗はアークに謝ったが、「僕もおしゃべりする猫ちゃんは初めて見ました。ちょっとびっくりです」と返されてしまった。お互いさまという事だった。
「きみ、星の運航を管理してるって言ったね」
いつの間にかエイラが横に立っていた。珈琲を入れたのか、ソーサーに乗せたカップを二組、手に持っている。その一つをアークの前に差し出し、コトリと置いた。そしてエイラ自身はアークの向かいに座った。
その顔はいつものエイラに戻っていて、立ち直ったのだと四朗は思った。
「あの、はい」
「ミルクと砂糖はこれね」
「あ、あの、ありがとうございます」
アークはちょっと怯えながら答えた。どうやらエイラに苦手意識を持ってしまったようだ。
「きみがここに居ても、星の運航には問題ないのかな」
「あの、それもよく分らないんです。」
エイラは顎に手を当て、ふむ、と考え始めた。対応は優しくはないが、なにやら事が大袈裟になりそうだと、感じているのかもしれない。
アークがそっと手を伸ばし砂糖を珈琲に入れ始めた。それも結構多く。スプーンでかき混ぜてミルクも入れ始めた。四朗も、甘党だな、と思うほどだ。
アークはにっこりとしながらカップを口元に持って行く。
「あちっ」
熱かったのかアークはちろっと舌を出した。そんな彼を見ていたエイラがクスッと笑った。ツボにでも入ったのだろうか。
「落ち着いて冷ませば良いじゃないか」
「この珈琲、良い匂いなんですよね」
「お、分るのかい?」
「匂いが濃いっていうか、美味しそうで」
アークは、はにかみがちの笑顔を見せた。四朗には、アークの笑顔の周りの星が煌めいているような錯覚を覚えた。目をぱちくりするが、それは変わらなかった。
「なんか、空間がキラキラしてるのじゃ」
いつの間にか横に来ていたチェルナが呟く。
「あ、やっぱそう見える?」
「のじゃ!」
「星の運航を管理してるってのは、本当なのかもな」
アークはそんな二匹の猫の会話には気が付いていないのか、熱い珈琲をすすっている。一口飲むとぽやーんという笑顔になった。美味しかったようだ。
そんな満足そうなアークの顔を、エイラは微笑ましく見ていた。
アークはエイラに見られていることに気が付き、ピッと姿勢を正した。
「星っていうのは、結構きままに動いちゃうんです」
アークが両手でカップを持ちながら、ぽつぽつと語りだした。
「太陽の傍に行きたがる子もいれば、お月様が良いって子もいるんです。仲良しでいつも一緒にいる三連星とか、暴れん坊の流星とか」
「赤い彗星とかもいる?」
四朗が口をはさんだ。アークは不思議そうな顔で首を傾げた。
「青い大きな星ならいますけど」
「まさかのランバ=ラル!」
「誰ですか、それ?」
「……いや、なんでもない」
四朗はふいっと顔を逸らした。まさか答えが返ってくるなどとは思ってもいなかったのだ。
「シロ君は偶に不思議な事を言うんだよ」
エイラが苦笑しながら四朗を庇うような言葉を発した。
「それよりもアーク君。星の運航とやらの話も聞きたいところだけど、私としては君自体の話が聞きたいな」
魔女はにっこりとしながらも、有無を言わせないような目をしていた。




