第六十二話
ベッドに横たわる彼は、下腹部にタオルが掛けられているだけの、一糸纏わぬ姿だ。猫二人は部屋を追い出されていた。
「羨ましいくらいの肌のきめ細やかさだね」
エイラは彼の腕をさすった。そして現実に引き戻され、頬を赤く染めた。
「そ、そうだな、助けないとね」
エイラは自分を勇気づける為にボソボソと呟く。ちろりと彼に掛けられたらタオルを見ては口を波立たせ、直ぐに目をそらす。
エイラは長い人生の中で、男とベッドを共にすることなど、なかった。相手が誰かも分からず、しかも裸でかつ密着させるなど、乙女にとっては途轍もなく難しいことなのだ。幸いな事は、相手の意識がなく、何もしないことが分かっていることか。
魔女にとっても、簡単なことではないのだ。
「えーい、私らしくない!」
エイラは服のボタンを外し始めた。全てを脱ぐと彼の横に転がり毛布を何枚もかけた。
「これで目を覚まさなかったら、容赦しないぞ!」
冷えている彼の体に腕をまわしながら、魔女は強がった。
寝室を追い出された四朗とチェルナはいつもの木箱を大部屋に持ってきて、そこで丸くなって寝ていた。太陽がおはようと挨拶してくる時間でも、二人は丸くなっている。いつもならエイラがゴソゴソ始めるから起こされるのだが今日は物音がしなかったのだ。
だがその安眠も、エイラの叫び声で破られた。
「んあー、朝かー」
木箱の中から白い頭が生え、隣にある黒い丸いモフモフに落下した。
「のじゃー」
黒いモフモフから頭が生え!大きく欠伸をした。二人の三角の耳には、エイラの悲鳴にもにた喚き声が入ってきた。
「あー、エイラが叫んでるー」
「んにゃー、見に行くのじゃー」
二匹の猫はのろのろと動き出した。
「うわわわわ!」
四朗とチェルナが寝室に入った時、耳まで赤くしたエイラが毛布を体に巻きつけ、彼に向けて指をさしていた。その指先には山なりになったタオルがあった。
「あぁ、あれね」
四朗は半目でその様子を見た。要は男の朝の生理現象だ。彼も男だということだ。
だがエイラは知らなかったと思わせるような慌てっぷりだ。多分過去に恋人もいなかったんだろうな、と四朗は思った。であるならば、余計にエイラをなんとかしなきゃ、と体の底から何かが湧いてくる。
「エイラ、それは生理現象だ。それよりも彼の具合はどう?」
涙目のエイラに尋ねるが、そばに近寄りたがらない。エイラの乙女っぷりにも若干呆れたが、四朗はひょいとベッドに飛び上がった。彼の体に前足を置く。肉球に伝わるのは仄かな温かさだ。
「持ち直したね。エイラのお陰だ」
四朗が褒めるとエイラは正気を取り戻したのか「ははは、魔女に不可能はないのだ!」といつもの調子に戻っていた。
「エイラすごいのじゃ!」
チェルナがびょーんとエイラに飛び込んだ。エイラは毛布がはだけるのも気にせずにチェルナを抱き止めた。
「やってみるもんだな」
エイラはチェルナの頭にスリスリと頬刷りをした。
「んん」
彼の口から艶めかしい声が漏れ、その閉じたままの目が薄く開いた。
「……あれ? 裸の、女の、人?」
「うわあぁぁぁぁぁ!」
ガバッと毛布で体を隠したエイラの絶叫が、塔を激しく揺らした。




