第六十一話
「チェルナ、ちょっと待とうよ!」
「なんなのじゃ!」
四朗の頭はチェルナの前足で掴まれていた。猫の腕は短いから、鼻と鼻がくっ付く寸前になっている。そしてペロッと鼻を舐められたら。
「くすぐったいってば。まずは彼の様態を看ないと、ね」
「忘れていたのじゃ」
二人はぴょこんとベッドに飛び乗った。そして彼の顔を覗き込んだ。彼の顔はまだ白い。四朗が前足を彼の額に当てた。
「冷て」
彼の体は冷え切ってしまっていた。毛布は掛けてあるが、そんなものでは体は温まらないようだ。
「あー、体温をあげないと」
「ど、どうするのじゃ!」
「こんな時は人肌で温めるとかよく言うけど」
と言いつつ四朗は自分の体を見た。猫の体では一部しか暖められない。それはチェルナも同様だ。
「エイラの魔法で良さそうなのがあれば良いんだけど」
「なかったら、とうするのじゃ?」
「そうねえ、エイラに温めてもらうとか?」
そこまで言うと、二人は見合った。チェルナの髭が、ピンと元気に跳ねる。
「それでいいのじゃ! エイラが添い寝すれば良いのじゃ!」
黒猫はベッドの上でびょーんと飛び跳ねた。
「はぁ、少し落ち着いたよ」
赤い髪をちょっと湿らせて、どこか色気も感じさせたエイラが戻ってきた。魔女服ではなく、前ボタンの薄い開襟シャツにゆったり目のズボンだ。色は髪と瞳と同じ、赤だ。
「エイラ、彼の体が冷え切ってるんだよ」
「そりゃ良くないな」
四朗がそう言うと、エイラはベッド脇に屈み、彼の頬に手を当てる。エイラは口をへの字にした。
「このままだと、不味いかな。でもどうすれば?」
エイラは顎に手を当て考え始めた。恐らく使えそうな魔法を探しているのだろう。
「部屋に太陽でも作るか?」
「……エイラ、部屋が燃えちゃうよ」
エイラは四朗を横目で見た。
「燃え盛る炎を作り出して、この部屋の」
「だから燃えちゃうってば」
エイラは四朗を睨んだ。エイラはほっぺを膨らませて不愉快をアピールしている。
「じゃぁ、シロ君はどうしたら良いと思うんだい?」
エイラは口を尖らせた。いつもと違い幼い感じだ。やはりショックを受けて動揺しているのだろう。
四朗はここぞとばかりに攻勢に出る。
「俺の国では、こーゆー時は一緒に寝て、人肌で暖めるんだよ。ピタッと密着して、毛布を何枚も掛ければ熱も逃げないと思うんだ!」
四朗は尻尾を立て、エイラに言い切る。躊躇したところを見せれば頭の中を読んでくるだろう。だが四郎は嘘は言っていない。人肌で暖めるという方法は、間違ってはいない。
「一緒に、寝る!?」
「できれば素肌同士で接触している方が、効率が良いんだ」
「素肌で!?」
「火とか熱いものを近づけたら火傷しちゃうよ」
四朗は彼の綺麗な顔を見た。この顔に火傷させてしまうのは、流石に躊躇してしまう。それくらい、彼の肌は白かった。血の気が引いているのか、これが本当の肌の色なのかは、分からないが。
「は、裸で、かい!?」
「それが一番望ましいけど」
エイラが動揺からか、裏返った声で叫んでいる。その様子が可笑しいのかチェルナは笑いを堪えていた。
「低温火傷っていうのもあるんだ。ちょっと熱い位でもずっと触れていると火傷と同じ症状を起こしちゃうんだ」
四朗はエイラの動揺を良いことに、更に攻めた。
「そ、そんな事もありうるのかい……知らなかったよ」
エイラは彼の顔を見た。苦しむ様子はないが、ピクリとも動かない。数秒、彼を凝視していたエイラが激しく頭を掻き、「あーーもう!」と叫んだ。
「チェルナ、シロ君! 彼に着せたワンピースを脱がせてくれたまえ!」
魔女は、腹をくくったようだった。




