第五十話
「さぁ、そろそろ降りるよ」
エイラが声をかけると、杖はスルスルと降りていく。緑がズンズンと迫って視界を埋め尽くしていった。
「いやこれ、すごいね」
迫る木々がざわざわと蠢いている。枝が生きているかのように身をよじっていた。
そして少しずつではあるが、横に動いていた。次から次へと地中から出てくる木に押しやられているのだ。
「この中に、入らなければいけないのは、ちょっと嫌なのじゃ」
チェルナは髭を垂らして嫌そうな顔をした。四朗も想像したくはなかった。この蠢く木を搔い潜って行けるとも思えないからだ。
「でも、取りに行かないと、チェルナとはいずれお別れになっちゃうしね」
「そうそう。それに潜っていった先ではぐれても、首の石が教えてくれるから」
エイラが二人の首についている黄色い石を指でつついた。この石がお互いを結びつけるのだ。
「二人とも、全力出しても良いからね。ここなら誰に危害を与える訳でも無いし」
「あー、でもノームがいるんじゃなかった?」
「そうなのじゃ」
「あぁ、ノームなら私が引き付けておくよ」
魔女と二匹の猫の作戦会議は続く。
「準備はいいかい?」
「ばっちり!」
「いいのじゃ!」
地上から数メートルの高さで杖が浮かんでいる。そこにはいまにも飛び出しそうな四朗とチェルナが体勢を低くしていた。その四朗の目には、地面から頭を出している木が映っている。葉っぱが生えている形で地中から出現してくるのだ。
「間違っても、木の根元に行っちゃだめだよ。その手前を掘って行くんだよ。いいね?」
エイラはちょっと心配そうな目で見てくる。四朗もチェルナも大丈夫という目で見返した。四朗は確認で自分の爪を出した。普通の猫と見た目は変わらない爪だ。
「その爪はね、何よりも固いんだ。ちょっとの岩なんて切り裂けるから心配いらないよ」
エイラは赤い髪を揺らしながら微笑んだ。エイラが言うのならば、嘘はないだろう。四朗とチェルナはお互いを見た。
「よし、行くか!」
「行くのじゃ!」
白猫が飛び出すと、続いて黒猫も舞い降りた。
「よっしゃ~!」
先に地面に降りた四朗は、すぐさま掘り出した。右前足から爪をだし、土に突き立てる。ホットケーキを刺すように、ぷすっと食い込む。
「いけるな!」
左、右と交互に土を掻き、四朗の姿はどんどん地面に消えていく。
「ま、待つのじゃ!」
チェルナは四朗のすぐ横を掘り始めた。はぐれないように必死だ。
そんなチェルナの気も知らず、掘ることに快感を得始めた四朗は、ひたすら堀り続けている。
「なんか楽しグエッ」
叫んだ拍子に土を味わってしまった。
「まむみ~」
声にならない叫びは、土に遮られて、聞こえない。
「どこなのじって、ぺっぺ」
白猫と黒猫は、さっそくはぐれた。




