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猫の四朗  作者: 海水
魔女と二匹の猫【緑の石】
43/96

第四十三話

年内最終です

「さて、買い忘れはないかな?」


 エイラが独り言を呟いていると、前方から若い男が二人、歩いてくるのが見えた。二人とも小ざっぱりした格好をして、茶色い髪を短めに切り揃え、清潔感を醸し出している。ニコニコと笑みを浮かべながらエイラに近寄ってきた。

 ぱっと見、優男っぽくはあるが、田舎街でこんな男は逆に怪しい。チェルナのいた城下町でも浮いているだろう。案の定、周りからは憐れみに似た視線が送られている。


「やぁお嬢さん。見掛けない顔だね」

「荷物が重そうだ、持ってあげるよ」


 などと言いながら、ニコニコと笑顔でエイラに纏わり始めた。チェルナはきょとんとしているが、四朗は明らかに訝しんでいる。日本でもナンパ男には碌なものがいない可能性が、きわめて高いからだ。


「いやいや、間に合ってるから」


 エイラは断って歩き始めた。当ては無いが、彼等を相手にするには歩いて逃げたほうが良い。


「ねーねー名前は?」

「いやぁ、名無しでねぇ」

「まぁ、ちょっとお話をしようよ」


 エイラはすました顔で相手をしなくても、男達はべったりとくっついている。男の片割れがエイラの肩に手をやると、ビリっと音がして黄色い光が見えた。


「なっ」

「あぁ、私は魔女だから。近寄らない方が良いよ」


 エイラはにっこりと話しかけた。だが男達は鼻で笑った。


「魔女なんて、いるわけないじゃん」

「あんなの寓話でしかないから」


 男達の言葉にエイラの額がピクっと動いた。明らかに不快になっている。エイラは魔女であることを、誇っていたからだ。

 同時に四朗と、チェルナまでもムカッときていた。特にチェルナはエイラの使い魔の体があったからこそ、四朗と再会できているのだ。エイラは大切な恩人だ。


「エイラを馬鹿にするのは、許さないのじゃ!」


 チェルナが地を蹴り男の一人に飛びかかった。黒い影が男の顔に覆い被さると、そこから悲鳴が漏れてきた。がりがりと爪を立てる音がする。


「いでででで!」 

「何だこの猫!」


 もう一人の男がチェルナを掴みそうになった時「チェルナ危ない!」と四朗も飛びかかった。掴みかかろうとした男の顔に爪を立てた。男がひるんだすきに腕も噛み、手も噛み、爪で引っ掻いた。


「謝るのじゃ!」

「た、たすけてくれ!」


チェルナは男が悲鳴を上げてもやめなかった。辺りには赤い雨が降っていた。明らかにやり過ぎだ。


「ほらチェルナ。その辺で勘弁してあげてくれないか」


 エイラは荷物を地面に置き、男の体で暴れまわるチェルナを引きはがした。興奮してフーフー唸っているチェルナをぎゅっと抱きしめ、さすさすと撫でている。

 それを見た四朗も男から離れ、しゅたっと地面に降り立った。


「やれやれ、酷い有様だ」


 噛みつかれ引っかかれ、切り傷だらけの男達は「ひぃ~!」と情けない悲鳴を上げ、走り去って行った。


「怪我くらいは治してあげよう」


 エイラがつま先をトンと鳴らせば、男達が逃げた方向で緑色の光が発生した。恐らくは治療の魔法なのだろう。

 四朗は買い物袋を守るようにちょこんと座った。


「まぁまぁ、チェルナも落ち着いて」


 エイラに撫でられているうちに、チェルナもおとなしくなっていていた。逆立っていた尻尾も、元のしなやかさを取り戻していた。

 だが、周囲の視線は冷たいものに変わっていた。自らを魔女と言い、お供の猫が喋っていた。寓話に出てくる魔女そのものだった。

 奇異の視線を投げかけられても、エイラは動じなかった。


「ま、私は魔女だし」


 エイラはチェルナを抱いたまま、ちょっと寂しげに微笑んだ。


「さて、用事も済んだし、街を出ようか」


 エイラは周囲に聞こえる様、わざと大きな声を出した。もう一度つま先を鳴らすと、地面に置いた買い物袋が宙に舞い上がる。

 固唾を呑んで見ていた街の住民からは、どよめきの声があがった。魔法など見たことも無いのだ、当然の反応だ。

 エイラは何ごともなかったかのように、街の入り口に戻り始めた。四朗もおとなしくついていく。周りからは「魔女だ」「呪われる」なんて言葉も聞こえた。

 偏見だ、と四朗は思った。エイラは魔法を悪い事には使っていない。誰も呪いはしない。人間に害を与えてなんかいない。


「ごめんなのじゃ……」


 エイラの腕の中でチェルナが囁いた。そんなチェルナに、エイラは頬摺りをする。


「チェルナは魔女の名誉を守ってくれたんだ。私は感謝しないといけないね」

「ごめんなのじゃ……なのじゃ」


 魔女はにっこりと笑っていたが、腕の中の黒猫は、ほろほろと泣いていた。

年明けは四日から再開します

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