第四十三話
年内最終です
「さて、買い忘れはないかな?」
エイラが独り言を呟いていると、前方から若い男が二人、歩いてくるのが見えた。二人とも小ざっぱりした格好をして、茶色い髪を短めに切り揃え、清潔感を醸し出している。ニコニコと笑みを浮かべながらエイラに近寄ってきた。
ぱっと見、優男っぽくはあるが、田舎街でこんな男は逆に怪しい。チェルナのいた城下町でも浮いているだろう。案の定、周りからは憐れみに似た視線が送られている。
「やぁお嬢さん。見掛けない顔だね」
「荷物が重そうだ、持ってあげるよ」
などと言いながら、ニコニコと笑顔でエイラに纏わり始めた。チェルナはきょとんとしているが、四朗は明らかに訝しんでいる。日本でもナンパ男には碌なものがいない可能性が、きわめて高いからだ。
「いやいや、間に合ってるから」
エイラは断って歩き始めた。当ては無いが、彼等を相手にするには歩いて逃げたほうが良い。
「ねーねー名前は?」
「いやぁ、名無しでねぇ」
「まぁ、ちょっとお話をしようよ」
エイラはすました顔で相手をしなくても、男達はべったりとくっついている。男の片割れがエイラの肩に手をやると、ビリっと音がして黄色い光が見えた。
「なっ」
「あぁ、私は魔女だから。近寄らない方が良いよ」
エイラはにっこりと話しかけた。だが男達は鼻で笑った。
「魔女なんて、いるわけないじゃん」
「あんなの寓話でしかないから」
男達の言葉にエイラの額がピクっと動いた。明らかに不快になっている。エイラは魔女であることを、誇っていたからだ。
同時に四朗と、チェルナまでもムカッときていた。特にチェルナはエイラの使い魔の体があったからこそ、四朗と再会できているのだ。エイラは大切な恩人だ。
「エイラを馬鹿にするのは、許さないのじゃ!」
チェルナが地を蹴り男の一人に飛びかかった。黒い影が男の顔に覆い被さると、そこから悲鳴が漏れてきた。がりがりと爪を立てる音がする。
「いでででで!」
「何だこの猫!」
もう一人の男がチェルナを掴みそうになった時「チェルナ危ない!」と四朗も飛びかかった。掴みかかろうとした男の顔に爪を立てた。男がひるんだすきに腕も噛み、手も噛み、爪で引っ掻いた。
「謝るのじゃ!」
「た、たすけてくれ!」
チェルナは男が悲鳴を上げてもやめなかった。辺りには赤い雨が降っていた。明らかにやり過ぎだ。
「ほらチェルナ。その辺で勘弁してあげてくれないか」
エイラは荷物を地面に置き、男の体で暴れまわるチェルナを引きはがした。興奮してフーフー唸っているチェルナをぎゅっと抱きしめ、さすさすと撫でている。
それを見た四朗も男から離れ、しゅたっと地面に降り立った。
「やれやれ、酷い有様だ」
噛みつかれ引っかかれ、切り傷だらけの男達は「ひぃ~!」と情けない悲鳴を上げ、走り去って行った。
「怪我くらいは治してあげよう」
エイラがつま先をトンと鳴らせば、男達が逃げた方向で緑色の光が発生した。恐らくは治療の魔法なのだろう。
四朗は買い物袋を守るようにちょこんと座った。
「まぁまぁ、チェルナも落ち着いて」
エイラに撫でられているうちに、チェルナもおとなしくなっていていた。逆立っていた尻尾も、元のしなやかさを取り戻していた。
だが、周囲の視線は冷たいものに変わっていた。自らを魔女と言い、お供の猫が喋っていた。寓話に出てくる魔女そのものだった。
奇異の視線を投げかけられても、エイラは動じなかった。
「ま、私は魔女だし」
エイラはチェルナを抱いたまま、ちょっと寂しげに微笑んだ。
「さて、用事も済んだし、街を出ようか」
エイラは周囲に聞こえる様、わざと大きな声を出した。もう一度つま先を鳴らすと、地面に置いた買い物袋が宙に舞い上がる。
固唾を呑んで見ていた街の住民からは、どよめきの声があがった。魔法など見たことも無いのだ、当然の反応だ。
エイラは何ごともなかったかのように、街の入り口に戻り始めた。四朗もおとなしくついていく。周りからは「魔女だ」「呪われる」なんて言葉も聞こえた。
偏見だ、と四朗は思った。エイラは魔法を悪い事には使っていない。誰も呪いはしない。人間に害を与えてなんかいない。
「ごめんなのじゃ……」
エイラの腕の中でチェルナが囁いた。そんなチェルナに、エイラは頬摺りをする。
「チェルナは魔女の名誉を守ってくれたんだ。私は感謝しないといけないね」
「ごめんなのじゃ……なのじゃ」
魔女はにっこりと笑っていたが、腕の中の黒猫は、ほろほろと泣いていた。
年明けは四日から再開します




