第三十八話
「さて、今の内にさっさと行ってしまおう!」
チェルナと四朗を小脇に抱えたエイラが、ファイヤードレイクに見つからない様に、こっそりと小走りを始めた。
逃げ回っているうちに、大分山頂に近づいていたようで、赤い空間の隙間から青い空がチラチラと覗くようになった。
「怪我の功名って奴だな。そろそろ歩いても大丈夫じゃないか?」
「そうなのじゃ。エイラは走りっぱなしなのじゃ!」
脇に抱えられている二人から声が上がる。確かにさっきからエイラは走りっぱなしだった。
「はぁ、いやぁ、偶には、はぁ、運動も、ふぅ、良いものだよ」
ちょっと肩で息をしつつ、エイラは二人を地面に降ろした。降り立った二人は、尻尾を立てて歩き始めた。
「息を整えた方がいいよ」
「のじゃ!」
「はは、ありがとう」
魔女は二匹の猫に先導されて、火の山の山頂を目指した。
十分も歩けば山頂が見えた。山頂と言っても尖っている訳ではなく、お盆の様に平たかった。
そのお盆はすり鉢状になっていて、その底には真っ赤に光る何かが見えた。すり鉢の中には炎は無く、赤茶けた土がむき出しになっていた。熱で土も焼けるのだ。
「あぁ、あれあれ。アレが赤い石だよ」
エイラが指さしながら説明をした。真っ赤に光る物体の中心には、確かに赤い球体が見えた。ただし、非常に熱そうだった。
そしてその傍には、さっきのファイヤードレイクの番だろうか、のそっと寝そべっていた。
「シロ君。走って、あれにダイブするんだ! そうすれば、あの赤い石が体に吸収されるはずさ!」
エイラが四朗を見て、真顔で言った。
「え……走れって?」
四朗の額から、汗がぽたりと落ちた。炎の体でも、冷や汗は出るらしい。
四朗は生まれ変わって猫にはなったが、運動に関して、自信は無い。チェルナと一緒に走り回るのは好きだが、命懸けの鬼ごっこなどやりたくはない。
「えっと……」
「大丈夫、食べられない様に元に戻してあげるから!」
エイラはそう言うと、パンと手を叩いた。その音と同時に、四朗の体は炎の輪郭から、真っ白な艶々の白猫に戻った。ふさふさの毛並みが、炎の赤に染まっていた。
そして猛烈な熱さが、四朗に襲い掛かってきた。
「あっちぃ! あっちぃってばさ!」
四朗は地面から飛び跳ねながら叫んだ。地面も熱くて、肉球が熱せられているのだ。
「ほら、早くいかないと、猫の丸焼けができちゃうよ!」
エイラはしゃがむと、四朗のお尻をポンと押した。
「あっちぃってば~~~!」
お尻に触れたエイラの手も熱くてたまらない四朗は、赤い石を目掛けて走り出した。尻尾を立て、体を限界まで伸ばしたストロークで、一目散に駆けて行く。チーターさながらの動きだ。
「……エイラもなかなか厳しいのじゃ」
「フォローはするさ。チェルナのお相手になるんだし」
「のじゃ。シロには頑張ってもらうのじゃ」
「そうそう。でも子猫で塔を溢れさせちゃうのは、ダメだぞ」
必死に走る四朗を他所に、場違いな会話をしている女性陣だ。その間も四朗は必死に走っていた。
「無事に帰ったら、最上級のカリカリ食わせろ~~!」
白猫は、遺言の如く、叫んだ。




