第三十五話
「あるけーあるけー♪」
エイラは何かの歌を歌っている。ぽよんぽよんと炎を触っては、ふふっと笑っていた。
「エイラは楽しそうなのじゃ」
チェルナは、鼻歌交じりで炎を突いているエイラを見上げていた。四朗から見ても、エイラは楽しげだった。
「前に来た時は一人だったからね。今は二人が一緒にいるんだ。そりゃ楽しいさ」
エイラはにっこりと笑った。
孤独を幾年月重ねてきたエイラにとって、今の生活は刺激的で楽しいのだ。遠い国から来た不思議な白い猫と御姫様だった黒い猫。尚更楽しいのだ。
「そっか」
「そうさ!」
「妾も楽しのじゃ!」
三人は色々あった末に、ここいる。人生こんなもんだ。
昇り続けてそろそろ小一時間が経とうとしていた。
「結構歩いたよね」
ちょっと疲れた感じの四朗だ。猫の歩幅は人間に比べれば狭い。繰り出す歩数も桁違いに多いはずだ。
「チェルナはどう?」
「童は大丈夫なのじゃ」
チェルナはニパッと笑っている。単に四朗の運動不足なのか、体力が足りていないのか。
「帰ったらシロ君を鍛えようか?」
「じゃあ童も一緒に鍛えるのじゃ!」
使い魔の猫と数百年を生きる魔女に比較されてしまった、未だ普通の猫の四朗は、困惑した。
三人が地面に座って休憩していると、上の方で物音がした。羽を高速で動かしている、ブーンという音だ。
音に気が付いた三人が見上げれば、そこには大きなトンボが飛んでいた。真っ赤な体で、炎の熱でも問題は無いのか、平然と飛んでいる。
「あれって、トンボ?」
「あぁ、ドラゴンフライだね」
「結構大きいのじゃ」
トンボはチェルナや四朗と同じくらいの大きさはあるようだった。沢山ある目でこちらを見ているようだ。
「そうだ、アレも炎を食べるんだった!」
エイラはポンと手を叩いた。その音を合図にドラゴンフライがすすっと近づいて来る。
「ちょ、食べられちゃうじゃん!」
「まぁまぁ」
逃げようとした四朗の尻尾を、エイラがむにっと掴んだ。四朗は手足をジタバタするも、体格差でエイラには勝てない。
「やぁ、こんにちは。この辺にファイヤードレイクはいたかい?」
エイラはドラゴンフライに向かって話しかけた。ドラゴンフライの沢山の目がエイラを捉えている。
ドラゴンフライは静かに地面に降り、羽をパタンと畳んだ。
「キィキィキィ」
「へぇ、そうなんだ」
「キキィ」
「はは、なるほどね」
エイラは何やら会話を交わしているようだが、四朗とチェルナにはさっぱりだった。そもそもトンボに知性があるのかも分らないのだ。
今までの常識が通じないとはいえ、四朗の頭のキャパもオーバーしそうだった。
「……トンボと話をしてるのじゃ」
「エイラは何でも出来るんだよ。そう思っていた方が、楽だよ」
「本当なのじゃ」
白と黒の猫は、トンボと雑談をしている魔女をぼんやりと眺めていた。
次回は明後日です。




