第三十四話
エイラは杖を山の中腹当りに降ろした。周囲は地面から吹き上がる炎しかなかった。でもその吹き上がる炎は、なんとなく木にも見えた。ゆらゆら揺れている様は、風に吹かれてそよいでいる枝にも見える。燃え盛る炎は、真っ赤な森をつくっていた。
「火口は気流が激しくてね。この当りから昇って行こうか」
四朗とチェルナは杖からひょこんと降りた。二人とも周囲を見て顎を下げっぱなしだ。
「なんじゃこりゃーー!」
「地面が燃えてるのじゃ」
四朗が前脚で炎に触れば、炎はふよんと震えた。ぐいっと押せば炎は捻じ曲がる。
「なんなの、これ? ふにふにしてるけど、火じゃないの?」
「シロ君も炎になってるからね。見掛けと違ってぷにぷにしてて、面白いだろう?」
横ではエイラも炎を指で突いてはプルプルさせていた。真っ赤なゼリーのようだった。
「ファイヤードレイクってのは、これを食ってるのか。栄養なんて、全くなさそうだけど」
四朗は首を傾げながら炎を見ている。チェルナもその横で、じーーっと炎を見つめていたが、不意に齧りついた。
「な、なにやってんだよ」
チェルナは齧りついた炎をモグモグしている。だが髭が元気なく下がっているところを見ると、美味しいものでは無いようだ。
「チェルナは度胸があるねぇ。さすがに私でも食べようとは思わなかったな!」
エイラもちょっと呆れ顔だ。
「……苦いのじゃ」
チェルナはべーっと舌を出した。吐き出さなかったのは、人間だった頃の教育の賜物だ。
「なるほど、一つ賢くなったよ。炎は苦いんだな」
魔女は楽しそうに笑った。
三人はトコトコと火の山を登り始めた。辺りは炎に包まれていて、日の光も入っては来なかった。その代り炎に照らされているからか、空間は真っ赤に染まっている。
「夕焼けの中を歩いてるみたいだ」
四朗は呟いた。赤とんぼでも飛んでるんじゃないかと錯覚するほどの、真っ赤な空間だ。その夕暮れもどきの空間の中、轟々と燃える炎を避けながら歩いていく。
「はは。夕焼けなんて、ロマンチックだなあ」
エイラは指で炎をぽよんぽよん突っつきながら進んでいる。なかなか癖になる感触だった。
「シロは意外にロマンチストなのじゃ」
チェルナは尻尾を炎にこすりながら歩いている。猫の習性は仕方ないだろう。だがここでおかしな事が起こった。
「あれ、チェルナの尻尾、大きくなってない?」
ふと見たチェルナの尻尾からは、大きな種でもつっくけたように炎の塊がくっ付いていた。草原を歩くといつの間にかくっついている、種と一緒だ。
「炎の種だね」
「うーん、とれないのじゃ!」
チェルナは尻尾をぶんぶん振り回しているが、炎の塊はくっついたままだ。この辺も種と一緒だった。違うのは、結構大きい事だ。チェルナの前脚くらいはある。
「どれどれ。って、あれ?」
四朗が前脚で触ってみると、今度は四朗の手にくっ付いてきた。ぶんぶん振っても取れそうにない。炎の体と一体化してしまっていた。
「まぁ、害はないから。記念に持って帰ってみようか。塔の表にでも植えれば、芽が出るかもしれないよ」
色々と不思議な体験が出来ているからか、魔女は嬉しそうだった。
ストックがヤバいです




