第三十一話
今日もエイラと杖は空を切り裂く様にかっ飛んでいた。後方に逃げていく景色は、四朗に新幹線を思い起こさせた。
「ぃやっほーい!」
「今日もシロは元気なのじゃ」
空を滑空する快感に嬉しそうな四朗とは対照的に、チェルナはやっぱり四朗の体にしがみ付いていた。背中にひしっとくっついて白と黒は一体化していた。
「なんか、墜ちないって安心感があるから、怖くないんだよね」
「それは分っていても、怖いのじゃーーー!」
黒猫の叫び声が、凄い勢いで後ろに流されていった。
一度の休憩を挟み、魔女と二匹の猫は空を駆けていた。
既に太陽は西に傾き、空も段々と橙色に変わっていた。そろそろ星も顔を出してくる時間だ。
「もしかして、アレ?」
「本当に、山が燃えてるのじゃ……」
二人の視界には、轟々と赤く揺れながら輝く一つの山が映っていた。緑の草原に、ひょっこりと真っ赤に燃え盛る山が鎮座していた。
「いやー、相変わらず、よく燃えているねえ」
エイラはマイペースだった。しかも知っている口ぶりだ。
「エイラは、来た事があるの?」
四朗は鳥籠にしがみ付き、エイラを見上げた。
「うーん、来たのは、八百年前くらいかなぁ」
エイラは顎に手を当てて記憶を探っていた。遠い遠い、過去の話だ。
「はっぴゃく……」
「妾が百人分以上なのじゃ!」
二人は唖然とする他なかった。そしてチェルナは何か勘違いしている。それは掛けてもイコールにはならない。
「はは、その時はまだ若かったから、ちょっとオイタをしてね」
魔女は苦笑いをしていたが、二匹の猫は顔を引きつらせていた。
「あの燃える山にいる、ファイヤードレイクってのは、どの辺にいるんだ?」
夕食も終わり、ベッドの上で、だらしなくお腹を見せている四朗が尋ねた。猫ならば許される行為だ。人間の四朗だったら、即座に鼠にでも変えられてしまっていただろう。
「そうなのじゃ。闇雲に探すのは、無駄が多いのじゃ」
明日探すにも、山を全部探すのは効率が悪い。どの辺にいるか分かれば、そこだけを探せば済むはずだ。
チェルナも色々と学んで賢くなって来ていた。
「うーん、火口だね。そこにファイヤードレイク巣があるんだ。そこに赤い石はあるはずさ」
エイラはベッドの上でチェルナを抱っこして、ブラシで毛並みを整えていた。チェルナの黒い毛が炎の山の光を浴びて、艶々な赤を反射していた。
火の山のおかげで今晩は明かりが不要だった。
「でも、俺は燃えちゃうんだろ? 火口に行けないよな……」
「熱いのは嫌なのじゃ……」
心配そうな声をあげる二人を他所に、エイラはふふんと鼻を鳴らした。やけに自信ありそうな笑みを浮かべている。
「魔女である私に、不可能はないのさ!」
「ど、どうするのじゃ?」
チェルナは腕の中でエイラを見上げた。ちょっと不安そうな瞳だった。
「そんなの簡単さ。自分が炎になっちゃえば、燃えないだろう?」
魔女は楽しそうに、ニカッと笑った。




