第三十話
森の朝はしっとりとしている。夜の間に露が降りるからだ。木々の隙間からは木漏れ日が差し込み、鳥の鳴き声をお供に幻想的な光景を作り上げている。
「いやぁ、久しぶりに夜更かしをしてしまったね」
「ふわぁ~なのじゃ~」
森の中の場違いなベッドの上でエイラとチェルナは欠伸をした。
「シロ君のお話は、幸せで終わるから良いよね。聞いていて楽しいもの」
「そうなのじゃ。妾の知っている話は、残酷な結末が多いのじゃ……」
「そうだよねぇ。皆死んじゃうとかさ」
「シロの生まれた国は、きっと、平和でのんびりした国なのじゃ」
「はは、そうかもね」
チェルナの隣の白いクッションは動いていない。四朗は未だ夢の中だ。四朗は昨夜、二人のアンコールに答えて日本の昔話を披露していた。情操教育にもいいのか、チェルナはしきりに、ふんふんと感心していた。四朗は立派な、お父さん、だった。
「さて、シロ君も起こそうかね」
「うむ、起きるのじゃ~~」
黒猫は、ぴょーんと飛び跳ね、白いクッションに向かって、ダイブした。
「今日の、起こし方は、激しかったね……」
「昨夜の興奮が収まらないのじゃ!」
二人はエイラが用意する朝食のカリカリを待ちながら、ちょこんとお座りしていた。はしたないがテーブルの上でだ。
「はいよっと、カリカリとミルクだ」
エイラが二人の皿をテーブルに乗せ、自分の皿も乗せた。パンと肉の燻製を炙ったものだ。エイラは小食。魔女とはそういう物らしい。
「今日中に目的には着くから。そこでまたお泊りになるかな」
肉の燻製にフォークを刺したままエイラが説明していた。言い終わると、肉をぱくっと口に入れた。
「いよいよ火の山かぁ」
「熱いのは嫌なのじゃー」
「チェルナは熱いだけじゃん。俺って、燃えちゃうんだよ?」
「それも嫌なのじゃー」
傍で聞いていればとんでもない会話なのだが、これが二人の通常状運転だ。
「まぁ、目的のファイヤードレイクを探してからだね」
魔女は、優雅に食後の珈琲を味わっていた。
今日もエイラは本気モードだった。何時もは帽子に隠れている赤い髪を露わにし、ゴーグルを付けた。ニヤッと笑うエイラは、カッコよかった。
「やっぱり、エイラって可愛いんだな」
「そうなのじゃ。その、いつもの魔女帽子は被らない方が良いのじゃ」
「そうは言ってもねぇ。あの魔女帽子は、由緒ある魔女帽子なんだ。やすやすと脱ぐわけにもいかないのさ」
エイラは二人の主張を頑なに退けた。どうやらあの魔女帽子には思い入れがあるようだった。
「そーなんだ。由緒あるんじゃ、仕方ないかな」
「でも、外に出かけない時は、外した方が良いのじゃ。エイラは可愛いのじゃ!」
「はは、ありがとう。女として、ちょっと自信が出てきたよ」
ゴーグル越しでも、エイラが嬉しそうに目を細めるのが分かった。可愛いと言われれば、女の子は嬉しいのだ。
「さて、じゃあ行こうか」
エイラが声をかければ二人は大人しく鳥籠に収まった。白と黒の猫が仲良く並んでちょこんと座っている。
魔女が杖に跨れば、重さを感じていないかのように、ふわっと浮き上がる。そのまま音もなく、すすっと上昇して、木々の上に出た。
どこまでも続く青い空。今日も良い天気だった。




