第二十九話
既に夜が挨拶をしてきており、周囲もちょっとひんやりしてきた。二人が取って来た薪は、パチパチと優しいオレンジの明かりを燈している。
「いやぁ、美味しかった」
テーブルの上には既に空になった皿が置いてある。パンと肉詰めを焼いたものがエイラの夕食だった。猫二人はというと、カリカリとおやつに食べた小魚の燻製だ。
「虫の音を聞きながらの食事も、いいもんだね」
テーブルに頬杖を突いたエイラが微笑んでいた。
「爽やかなのじゃ」
「ん~、たき火も綺麗だし。キャンプとか、懐かしいなぁ」
チェルナも四朗もたき火を見ていた。偶にパキっと爆ぜる音がするだけで、聞こえるのは虫の音と風が揺らす葉っぱの音だけだった。
「さて、寝床を作らないとね」
すくっと立ち上がったエイラは小さな肩掛け鞄を手に取った。鞄の中を探し、にやっと笑った。
「よっと」
掛け声一つ出すと、鞄から大きなベッドを引っ張り出し、ドンと地面に置いた。
「今日は三人一緒に寝よう」
魔女はニカッと笑った。
「むかしむかし、とても美しくてやさしい娘がいました」
ベッドの上で四朗が話し出した。約束の昔話の時間だ。寝間着に着替えたエイラが胡坐をかいて座り、チェルナを抱っこしていた。
「ところがこの人たちは、そろいもそろって大変な意地悪だったのです。お母さんと二人のお姉さんは、つらい仕事をみんな娘に押しつけました」
四朗が選んだのは『シンデレラ』だ。女の子には絶大な人気を誇る童話だ。エイラもチェルナもすっかり聞き入っていた。
「そんなの酷いのじゃ!」
「そうだそうだ!」
二人とも話に熱中して、シンデレラの酷い扱いにブーブー怒っていた。
「ある日の事、お城の王子さまがお嫁さん選びの舞踏会を開く事になり、シンデレラのお姉さんたちにも招待状が届きました」
四朗はなるべくテレを隠しながら、感情を込めて話を紡いだ。二人は息をするのも忘れたかのように、動かないでじっと聞いていた。
四朗は、そんな二人の様子を楽しく見ていた。
「それからシンデレラは悲しくなって、シクシクと泣き出しました『ああ、わたしも舞踏会に行きたいわ。王子さまに、お会いしたいわ』」
話がちょっと悲しいところに行くとチェルナが「酷いのじゃ」と涙を流し始めた。エイラもちょっと潤んでいる様だった。
「するとシンデレラの目の前に、魔法使いのおばあさんが現れました」
エイラはこの場面でピクっと動いた。そして魔法でかぼちゃの馬車や白い馬に変身させるところや、綺麗なドレスに変える場面で二人は「凄い!」と声を揃えた。
時間が迫って、ガラスの靴を落としてしまう所で「あぁ!」と嘆き、元のボロボロの服に戻ってしまった時には「うぅ」とやるせない声を上げていた。
四朗は、表情がコロコロ変わっていく二人を見ていて、面白くてたまらなかった。語る声にも張りが出る。
「シンデレラがはいてみると、ガラスの靴はピッタリです」
チェルナが「当然じゃ!」と叫び、エイラも「だってそうだもの!」と口をはさんだ。
「それからシンデレラは王子さまと結婚して、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
四朗が話し終わると、エイラはチェルナをぎゅっと抱きしめて「よかったーー!」と安堵の声を出した。
「幸せになれて良かったのじゃ!」
ぎゅーぎゅー抱き締められているチェルナからも喜びの声があがった。そして二人から拍手が来た。
「いやぁ、話した甲斐があるよ」
四朗も満足感でいっぱいだった。
「アレだね。やっぱり魔女は正義の味方なんだよ!」
エイラは興奮気味に叫んだ。自身が魔女だからだろう。
「シロ! もっと話が聞きたいのじゃ!」
「私も聞きたいな!」
「う~ん、何がいいかなぁ?」
その日、三人は大分夜更かしをすることになった。森の中の場違いなベッドの上では、たき火に照らされてオレンジに染まった一人と二匹が、いつまでも動いていた。




