第二十三話
その日は準備で終わってしまった。
夜、灰色の木箱にチェルナと四郎が仲良く収まって寝ている中、脇のテーブルでは楽しそうにリボンと格闘している、エイラの姿があった。
テーブルの上の小さなランプの明かりに照らされた、とんがり帽子の影が、窓の外に伸びていた。
魔法で済ませることが出来るから、エイラは裁縫など、やった事もなかった。
「いたっ」
間違って針を指に刺しながらも、赤いリボンに黄色い石を取り付けていた。針を刺してしまった指をパクっと咥えた。
「ふふ、幼い頃には、母に作って貰ったなぁ」
エイラは遠い昔を思い出しながら、微笑みを浮かべた。腕輪であったり、マフラーであったり、色々と作って貰っていたのだ。勿論母親は存命だ。彼女も魔女だからだ。
「私にも、子供が出来たら、これが役に立つかな?」
こんなことを思う事もなかった、と考えると、不思議と笑みが浮かんだ。何故か楽しかった。
「この二人が来てから、賑やかになったな」
エイラは、ちらっと、離れた場所に置いてある灰色の木箱に、視線を動かした。そこには仲良く丸くなって寝ている、白と黒の猫がいた。
「……楽しいという事は、良いことなんだな」
ちまちまと指を動かしつつ、魔女はひとりごちた。
「うにゅ」
灰色の箱からチェルナの頭がにょきっと生えた。チェルナはそのまま倒れて四郎を起こす。
「うーん、朝?」
「朝、なのじゃ」
この二人のいつもの儀式である。
「やあ、起きたかい」
エイラはテーブルにつき、優雅に珈琲を嗜んでいた。そのテーブルには、昨晩作っていた黄色い石が付いた赤いリボンの首輪が二つ、置いてある。
「おはようなのじゃ」
「おはよう、エイラ」
二人並んで歩いてくる。体形が似ているからか歩幅も同じだ。
「あぁ、おはよう」
エイラはにっこりと笑顔で挨拶をした。手には作ったばかりのリボンの首輪を持って。
「あ!」
チェルナが気が付いたようで、トコトコとエイラに寄って来た。
「可愛いのじゃ!」
チェルナが見上げて手を伸ばしているが、当然届かない。招き猫の様に手をうにっと曲げて後ろ足で立っていた。
「はいはい慌てない~」
エイラはしゃがむと、チェルナの首にしゅるりとリボンを巻き始めた。前側で結わいて出来上がりだ。
「どうなのじゃ?」
黒猫の首に、黄色い石が付いた赤いリボンが巻かれていた。四郎はその猫に見覚えがあった。
「あー、どっかで見たことあると思ったら、あのアニメの猫だ」
色々な都合で名前が出せない、あの魔女の相棒の黒猫とそっくりだった。だが良く似合っていた。
「良く似合ってる」
「うん、我ながら上出来だ!」
二人の言葉にチェルナは二パッと笑顔を見せ、喜んでいた。
「次はシロなのじゃ」
チェルナがわざわざ咥えて持って来ていた。四郎としては、俺って男なんだよね、と思ってはいるが、チェルナの目が期待でキラキラ光っているのを見てしまうと、躊躇はしていられなかった。
「ほら、チェルナじゃ付けられないだろう」
エイラが四郎の首にリボンを付けていた。四郎は恥ずかしいが、じっと耐えている。
「似合うのじゃ、可愛いのじゃ!」
「へぇ、可愛いねぇ」
二人の乙女の目で見られている四郎は、恥ずかしさで隠れたかった。男が可愛いと言われても、あまり嬉しくはないのだ。まして中身は三十の男だ。でもここで二人の期待は、裏切れない。
「そ、そうか」
白い猫は、引きつりながらも、何とか答えた。男の矜持とやらは、脇に置いておいて、だが。




