第十九話
四朗は灰色の木箱の寝床に収まっていた。人間の時と一緒で、頭がぼーっとしているのだ。残念ながら体温計、というのはこの世界には無いようだった。
「シロが心配なのじゃ」
「うーん、こういう時は、どうしたらいいんだろう?」
何をしていいか分らずに困っている二人だ。四朗としては、寝てりゃ治るでしょ、としか思っていない。大体、元の世界でも風邪の特効薬などなかったのだから、寝ているしかないのだ。
「さ、さむい……」
風邪だからか、四朗はさむがっている。牙もカチカチと音を立てている。
「どどどどうするのじゃ」
「う~ん、暖かいものでも飲ませようか?」
「猫は猫舌なのじゃ!」
「却下だねえ」
狼狽える魔女と黒猫には名案は浮かばなかった。
「魔法で病気を治せるのじゃ!」
「そんな魔法は無いんだ。私は病気にならないからね」
「にゃんじゃとっ!」
「チェルナも病気はしないよ。まだシロ君は使い魔になってなかったから、水に浸かり過ぎて体が冷えちゃったんだな」
「シシシロは死んでしまうのか?」
チェルナは泣きそうになっているが、風邪では死なない、と四朗は思った。
「ゴホッ。風邪は寝てれば治るからさ。それよりも毛布とかないかな? 寒くて……」
二人を放置しておくと、何をしでかすか分らないと判断した四朗は、寝れば治る、と断言した。ただ寒いのは何とかしたかった。
「じゃあ毛布を出そう!」
「妾が湯たんぽになるのじゃ!」
チェルナがピョコンと木箱に入り、四朗の身体をモフモフで包んだ。白と黒のモフモフが絡み合って、ムンクの叫びをコーヒーアートにしたようだった。
エイラがパチンと指を鳴らせば毛布がふわっと現れ、二人の顔だけ出す様に覆い被さった。
「あぁ……温いなぁ……」
チェルナに温められた体温を毛布が保温している。四朗はようやく暖かいと感じた。
「シロの体は、あっちっちなのじゃ」
チェルナは、シロが熱いのにびっくりしている。七歳のお姫様では、看病などした事は無いだろう。ある意味箱入り娘だったから、風邪も引かなかったのだ。
でも、白猫は包みこむ暖かさの中で、うとうとしていた。
四朗は小さい時の事を夢に見ていた。まだ両親も生きていた頃だ。熱を出した時は、妙に不安だった。
誰もいない部屋で一人で寝ていると、世界から取り残されているのでは、と思ってしまうのだ。
外からは人の声が聞こえてくる。自分と同じくらいの子供の声も聞こえる。無性に寂しく感じるのだ。それが病気で寝ているから、という事はわかっていても、だ。
母親が部屋に入ってくれば、それだけで安心した。昔々の事だ。
「……んにゃ!」
四朗が目を覚ませば、顔の前にはチェルナの寝顔があった。首を回せば、椅子で寝ているエイラが目に入る。
病気の時は、悪い夢を見がちだ。目を覚ました時に、傍に誰かがいると言うのは、何物にも代えがたい安心感があった。
「……ずっといたのか」
まだ頭はぼーっとしているが、寒気は無くなった。汗もかいたのか、モフモフもシットリしてしまっていた。
「風邪は汗をかけば治るもんな」
「むにゅ。早く治るのじゃ。そうしたら、むひゅひゅひゅ」
チェルナが寝言を言いだした。何か楽しい夢でも見てるのか、笑っていた。
シロは、なんとなく、おかしくなった。
「いてくれて、ありがとな」
黒猫の楽しそうな寝顔に、白猫がすりすりと頬ずりをしていた。




