第十八話
チェルナは白い花が好きだった。侍女のオルカが外で摘んできた、小さな白い花だ。
小さいチェルナの手に、ぴったりの大きさだった。チェルナの部屋には、よく飾ってあった。
「その白い花は、妾が好きだった花じゃ」
チェルナがぽつりと零した。ちょこんとお座りをして、俯いている。四朗はそんなチェルナの横に、同じようにちょこんと座った。
「だから、その花を供えてるんだ」
四朗は、自分の墓などあるのだろうか、と思った。家族は先にあの世に行ってしまっていた。残されたのは自分だけ。自分が死んだあの後、どうなっているかなど、考えても仕方のない事だった。
でも、墓があり、花を供えてくれる人がいるのは羨ましい、と思った。
四朗はチェルナの頭をぽんぽんと肉球で押さえた。
「よかったな」
黒猫はコクンと頷いた。
「さて、戻ろうかね」
うーん、と背伸びをしながら、エイラが提案した。二人に異論はなかった。
湖底は、光のカーテンが揺れていて、とても綺麗だった。こんな景色は二度と見れない、と四朗は思った。
四朗は、写真にでも撮れたら、と思ったがこの世界にそんな物があるかは、知らなかった。城でも見たことが無かったから、無いのかもしれない。
「目に焼き付けておくか」
四朗は頭をきょろきょろと色々な方に向けながら、景色を見ていった。
「何を見ておるのじゃ?」
チェルナがきょとんとした顔で四朗を見ていた。隣でアチコチに頭を動かしていれば気にもなるだろう。
「折角の綺麗なこの景色を、覚えておこうかなって」
「シロはロマンチックじゃな!」
黒猫はニパっと笑った。
白猫は、この笑顔も覚えておこう、と思った。
そして魔女は、そんな二人を、羨ましそうに眺めていた。
三人は湖から上がり、ぷはぁ~と大きく息を吐いた。
「やっぱり、地上の空気は美味しいな」
エイラは両手を万歳して、深呼吸をしている。チェルナと四朗はブルブルブルブルと体を振るわせて、毛に付いた水を飛ばしていた。
モフモフもしんなりしてしまっていた。
「シロが痩せたのじゃ!」
「チェルナも痩せてるぞ!」
二人とも水で毛がペッタンコになり、ふさふさが消えてしまって、別の猫のようになっていた。栄養失調の猫のようだった。
「にゃっくしゅん!」
四朗が猫らしい、くしゃみをした。ずずっと鼻をすすっている。
どうやらチェルナは平気のようだ。
「あぁ、チェルナは使い魔の体だから、風邪はひかないんだよ」
エイラはひょいと四朗を持ちあげると、自分の額と四朗の額を合わせた。
「あっついね!」
エイラは驚いて四朗の額に手を当てた。
「うーん、シロ君は、風邪ひいたみたいだ」
四朗もなんだか頭がぼーっとしていた。確かに風邪の時の症状に似ていた。
「猫も風邪をひくんだな」
四朗は他人事のようだった。人間であれば、騒ぐほどの事でもなかったからだ。だが、ここはあの世界ではないのを忘れていた。
「大変なのじゃ! シロが風邪なのじゃ! でもどうするのじゃ?」
「ふむ、どうしたものか」
看病などした事のない黒猫と、病気をしない魔女が首を捻っていた。
白猫に、ある意味、危機が迫っていた。




