第十七話
エイラがニヤニヤしながら四朗を捕まえた。
「ニャニャ!(なんか笑顔が怖い!)」
四朗は本能で恐怖を感じていた。じたばたと暴れるが、体格差の壁は厚かった。
「ニャニャ!(体に入れるって何なの!)」
「痛くないから」
「ニャニャ、ニャニャ!(痛くないって言って、本当に痛くなかった事なんかないぞ!)」
エイラは青い石を四朗のお腹に当てると、容赦なくずぶずぶと押し込んでいった。
「ニャ~~!(マジか~~!)」
だが四朗に痛みは無かった。なんとなく異物が体の中に入って行くのは感じられたが、不快な物ではなかった。
「ニャ……(痛くない……)」
四朗は自分の体を見た。特に変わっている様には見えない。体の中に入った青い石の感触が、どんどん小さくなっていくのが分かる。
そして、その感覚が消えた。
「ん……無くなったな」
四朗がお腹をさすってみた。ゴロゴロする違和感は、なくなっていた。
「おや、シロ君が、しゃべれるようになったね」
魔女が、意味深な笑みを浮かべた。
「シロ君。もしかして君って、元々人間なのでは、なかったかい?」
エイラは射抜くような目で、四朗を見た。見られた四朗はドキッとし、一歩後ずさりした。
チラッと見たチェルナの茶色い瞳が、揺れていた。七歳の女の子に動揺を隠すことは、無理だった。
四朗は自分が人間であったことは、誰にも話していない。しかもこの世界ではない、違う世界の人間だ。
「ふむ、図星の用だね」
エイラはニヤリと笑った。
「そ、そうじゃったのか? シロは元々は、人間じゃったのか?」
チェルナがふるふると震えている。四朗は不味いと思った。猫で通せると思っていたが、考えは脆くも崩れ去った。四朗の尻尾は元気なく、垂れ下がっていた。
「やったのじゃ~~!」
突然チェルナが飛びかかってきた。四朗の首に前足で抱き着き、その勢いで黒と白の猫は、湖底をゴロゴロと転がっていった。
あまりに転がるので、灰色になってしまいそうだった。
「妾も元人間の猫じゃ。シロも元人間の猫じゃ。一緒なのじゃ! 一緒なのじゃ~~!」
チェルナは頭をぐりぐり押し付けて、嬉しさを爆発させている。チェルナは、今の自分になった経由が、四朗と一緒なのが嬉しいのだ。
「嬉しいのじゃ~~!」
てっきり嫌われるかと思っていた四朗は、唖然としてチェルナに転がされていた。何故だ。四朗は思った。
「ふふ、二匹、じゃなくて二人とも人間だったんだね」
エイラが楽しそうだ。にっこりとした笑みを浮かべている。
「城でチェルナのお墓を見つけてね。そこに花を供えに来た侍女に、聞いたんだよ。シロ君が、お姫様と会話をしているかのようだった、ってね。その言葉にピンときたんだ」
エイラの言葉にチェルナが固まった。彼女はじっとエイラを見ている。
「オルカが……花を……」
「小さくて、白い、綺麗な花だったよ」
チェルナの茶色い瞳がぼやけて来た。オルカとは、彼女付の若い侍女の名前だ。
「お墓も、綺麗に掃除されていた」
「そうか……」
チェルナの瞳から一粒雫が零れた。水の中でも、それは、一粒の涙だった。
「そっか。あの侍女さんが、お墓を守ってくれてるのか」
四朗は優しくチェルナの頭を撫でた。毛は水でしんなりしていたけど、身体は熱かった。
「チェルナを覚えてくれてる人は、いるんだよ」
「ふぇぇぇん!」
黒猫は、幼子の様に、泣いた。




