第十六話
巨大を通り越して表現に困る程大きなウナギが、にょろにょろと近付いてきた。チェルナは四朗に抱き付いたまま動けない。
「やぁ主君。助かったよ」
知り合いなのか、エイラは気安く話しかけている。それに対して超巨大ウナギは「きにしないで~」と、これまた大きな声で答えてきた。
大きすぎて声で波が立つほどだ。
「き、気持ち悪いのじゃ」
「ニャニャ?(何人分のかば焼きが出来るんだろう?)」
チェルナと四朗の反応はどちらも正しいと言える。元が日本人な四朗がそう思うのも、仕方がない。
日本人がウナギを食べ始めたのは、新石器時代頃らしい。病に臥せっていたころに、四朗が本で読んでいた。
それだけ日本人の本能にウナギがすり込まれているのだ、と四朗は常々思っていた。
「ニャニャニャ(でも猫に魚は良くないんだよな)」
「な、なんじゃと!」
「ニャニャ、ニャ(正確には魚ばっかりはだめ、だけど)」
「知らなかったのじゃ」
「ニャー(猫って肉食だし)」
「妾はカリカリで良いのじゃ。クッキーみたいで美味しいのじゃ」
「ニャ。ニャ(それはわかる。癖になるよな)」
「あの歯ごたえが良いのじゃ!」
「ニャニャニャ!(一心不乱にガリガリ食えるところとかな!)」
「そうなのじゃ! シロは分っておるのじゃ!」
チェルナは四朗にひしっと抱き付いたまま、カリカリ談義に花を咲かせている。
魔女と鯰はそんな猫二匹を、半目になって見ていた。
「とにかくありがとうなのじゃ!」
「ニャニャー(ありがとなー)」
白と黒の猫は肉球を見せながら、ふりふりと前足を振った。
周囲の水を、ごっそりと引き連れて、超巨大ナマズは更に深い底へと消えていった。あれが生きて行けるだけのエサが、この湖にはあるのだ。
世界の七不思議があったら、エントリーしても良いんじゃないか、と四朗は思った
「ふぅ、何はともあれ、青い石を探そう」
エイラがチェルナと四朗の首の後ろをひょいと掴むと、そのままテクテクと歩いていった。
「妾は歩けるのじゃ!」
「ニャ!(俺もだぞ!)」
「ハイハイ、分った分った」
二匹の猫は抗議の声を上げたが、魔女に袖にされた。
「君たちは、放っておくとイチャつくからね!」
二匹を持ち上げながら、エイラはちょっとムスッとしている。四朗としてはそんなつもりはないので、濡れ衣だ!、と思っていた。
「妾とシロは仲良しなのじゃ!」
チェルナは分っているようで分っていなかった。お嫁さんになるのじゃ、と言っていたが、七歳の女の子にはまだ理解は出来ないのだ。
「ニャニャ!(それより青い石は!)」
四朗は話題を逸らす作戦に出た。三十歳の人生の蓄積だ。
「おっと、そうだったね」
エイラは簡単に引っかかってくれた。
単純なんだか、人が良いのか、などと四朗が考えていると、エイラは「なにか邪念を感じるな」と言い始めたので、白い猫は思考を停止した。
ザリガニがいた所まで来ると、湖底に青い石が転がっていた。エイラは二匹を降ろすと、その石をすっと拾い上げた。
エイラの掌に収まるくらいの、透き通った青い石だ。
「きれいなのじゃ!」
「で、これをシロ君の体に入れるんだ」
魔女がニヤっと笑うと、その笑みのまま白猫に歩み寄って行った。
楽しそうに悪巧みをする、そんな笑顔だった。




