第十話
「私はエイラという。魔女をやっているものだ」
エイラはクロに説明を始めた。自分の使い魔なのに説明するのはおかしいな、とエイラは思った。
「君のその身体は、私が使い魔として創った物なのだよ」
エイラの言葉にクロは口を開けて驚いた。
「妾はそなたの使い魔を乗っ取ってしまったのじゃ……すまないのじゃ」
クロはまた項垂れてしまった。エイラはまた、しまったと思った。文句を言ったつもりではなかったのだ。
長い間一人だったせいか、他人との距離を計ることに疎くなっているのだ。
「いや、その猫の身体は魂が抜けてしまっていたんだ。君が入ってくれて漸く一人前になったんだ」
エイラはとっさに嘘をついた。どうして良いか分からなかったが、こうすることが正しい、と直感したのだ。
「……そう言って貰えると、妾も少し気が楽になるのじゃ」
黒猫は顔を上げて少しはにかんだ。
魔女はその顔を見て、ホッとした。
「君は城にいるという白い猫に、会いたいのだね」
エイラはクロと向き合っていた。チェルナという名前はともかくとして、クロのいう事に耳を傾けることにした。
クロは黙って頷いた。エイラにはその目が必死に訴えているように見えた。
「ふふ、任せたまえ! 魔女に不可能は無いのだ!」
エイラはここ数十年、感じたことのなかった熱い何かを感じていた。身体がやる気に満ちて、動こうとしていた。
「お、お願いなのじゃ!」
クロはまた床に頭を付けた。クロのいう事が本当だとすれば、王女が頭を床に擦り付けてでも、頼みたいという事だ。
「ははは! まっかせなさ~い!」
魔女は楽しくて仕方がなかった。
エイラは塔を飛び出すと、黒いスカートから大きな竹箒を取り出した。その竹箒に横向きに座ると、ふわりと浮き上がった。
「君に乗るのも久しぶりだ」
ぽんぽんと箒を優しく叩く。エイラは頬が緩むのを感じた。
何故か楽しかった。人の為に何かをする、というのが「楽しい」と感じさせているのかもしれない。エイラは魔女のとんがり帽子のつばをぎゅっと掴んだ。
「ははは、では行くぞ!」
エイラの掛け声と共に箒はゆっくりと動き出した。箒は湖の上を滑るように飛んでいく。
「ふふ、こんなに楽しいのは、久しぶりだ」
綺麗な湖の水面に、楽しそうに笑う、魔女の姿が映った。
雲一つない青空をエイラと箒は疾走していく。時折ぐるんと大きく宙がえりをしながら、ひたすら城に向かって、空を駆けて行った。
いくつかの街と森を越えて、何かに導かれるように、真っすぐに城へ向かっていた。
「お、あれが城かな?」
エイラの視界に武骨な城が入って来た。角ばって気品は感じられないが、頑丈そうな城だった。
「このままじゃ、まずいね」
エイラは自分の姿を確認すると、何ごとかを唱えた。すると、箒の上のエイラの姿は、見えなくなった。
「ふむ、箒は消えなかったか」
魔女は苦笑いした。
街はずれに降りたエイラは、城に向かって歩いていく。大通りをまっすぐに進んで行けば城に着くような街づくりがされていた。
「はは、街も久しぶりだな」
活気のある風景が、エイラには楽しそうに映った。ここ数百年感じなかった感情だ。
道行く人に声をかける店の売り子。昼間から酒を飲んでるお爺さん。何かを追い掛けて走り回っている子供たち。エイラは知らぬうちに立ち止って、見惚れていた。
「おっと、こんな事をしている場合ではないな」
魔女は後ろ髪をひかれながらも、城へ急いだ。




