第一話
【あらすじ、お話し→お話】 白い部屋。無機質なベッド。刺さったままの点滴。ベッドの上で転がっている男は無気力な目を何万回数えたか分からない天井に向けていた。起き上がる気力は湧き上がらない。そもそもその体力もない。
「はぁ」
ベッドで目を閉じている男、城津四朗は白血病で病院に閉じこめられている。生を受けて三十年。その生もそろそろ終わりを告げるらしい。
「もっと生きていたかったな」
ポツリと呟くその声を聞いてくれる人は居なかった。家族は同じ白血病を発症して先にあの世に旅立っていった。どうやら遺伝的な問題のようで解決法は見つからなかった。
「問題の遺伝子を抱えている人間が消えると思えば、それだけのことか」
自分の体は自分が一番良く分かる。後数日もすれば自分も家族の後を追い掛けてあの世に旅立つハメになる。四朗はそう思っている。
ここは病院の二階。窓に視線を向ければ建物を囲う壁が見える。灰色で詰まらない色の壁だ。入院している患者は憂鬱なのだから、もっと明るめの色にすればいいのに、と四朗は常々思っていた。入院してからもう五年。よくもったと思う。
その灰色の壁に真っ白な猫が寝ていた。前足をクロスさせ、その上に顎を乗せて、気持ちよさそうに寝ている。雲もなく、日差しを受けてポカポカなんだろう。四朗は羨ましく思った。
「せめて自由に動けたらなあ」
点滴のせいで行動は著しく制限されてしまった。まず走ることは出来ない。最もその体力も無いのだけれど。
「生まれ変わったら、猫が良いなあ」
四朗が最期に願った事だった。
「コラー! シロ、起きるのじゃ!」
何時ものキンキン声がシロを呼んでいた。若い女性、いや、若すぎる女性特有の声だ。その声は白いフサフサしたクッションに掛けられていた。
「……ニャニャー(俺の名前は四朗だってーの)」
丸くなり白いクッションのようだったモノがノロノロと起き上がった。しなやかな白く長い尻尾をピンと立てて前足を伸ばせば、自然と頭が下がる。ニャーと欠伸をしながら四朗を呼ぶ声の主に応える。
ペタンと座り込んで前足で毛繕いを始めれば四朗の飼い主から苦情が寄せられる。
「起きたのなら、妾と来るのじゃ!」
トテトテと可愛らしい足音で四朗の飼い主が歩いてくる。黒い髪を肩までで切り揃えたおかっぱ頭の女の子。「のじゃのじゃ」が口癖の彼女が四朗の飼い主だ。
「ご主人様よりも遅く起きるなど、侮辱罪じゃ。違うな、贅沢罪じゃ」
習ったばかりの言葉を使いたがる、そのくらいの年齢の小さな体に大きめの青いドレスを揺らして、プンプンとほっぺを膨らませて近付いてくる。その茶色の瞳は、真っ白でふさふさの毛並みの猫に注がれていた。手足はすらっと長い、スリムでふさふさな猫だ。
「ニャニャニャニャ!(猫ってのは『寝る子』が語源なんだよ。だから寝るのが仕事なの!)」
四朗は眉唾な事で反論しているが、端から聞いていれば「ニャー」としか聞こえない。
あどけない顔のご主人様がサッと四朗を抱きかかえてしまった。彼女は嬉しそうにニパッと笑うと四朗に頬ずりをする。
「シロはふわふわで気持ちが良いのじゃ!」
「ニャ!(四郎だっつーの)」
満面の笑みのご主人様の両腕にしっかりと確保されてしまった四朗は、諦めの境地で運ばれていった。これも今の四朗にとって毎日の日常だから。




