表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

とっておきの黒魔術 -伝道牧野の場合-【下】


「はあ、それで黒魔術を使って僕を蘇生しようとしたと」

「そう! 君は人類で初めて、死者蘇生に成功した検体というわけさ! 気分はどうだい?」

「困惑してます」

「ははっ、そうだろうとも! 死んでから生き返る経験なんて、そうそう味わえるものじゃあないからねえ!」

「普通はそうでしょうね」


 興奮冷めやらぬ様子で、伝道は言う。


「君、名前は?」

襟草えりくさです」

「襟草君! いい名前だ!」

 

 伝道は襟草の体をぺたぺたと触った。


「ふふ……ふふふふふ……素晴らしい……完璧じゃないか……! まさに僕が思い描いた通りの形で蘇生している……! 計算通りだ!」

「そうなんですか」

「おっと、みなまで言う必要はないよ襟草君。自分がどうして生き返ることができたのか、不思議でしょうがないという顔をしてるじゃあないか!」

「いえ、別に」

「なあに気にすることはない。僕がちゃんと教えてあげるからね!」

「結構です」

「そもそも僕が着想を得たのは五年前、古い魔術書をめくっていた時のことさ。あの日はひどく蒸し暑くて――」

「あの、僕の声聞こえてます?」


 襟草のことはそっちのけで、伝道は語った。

 死者蘇生の原理、そこに至るまでに辿った辛く苦しい研究の日々。

 微に入り細に入り、たっぷりと情感を込めた語りは、実に三十分近くも続いた。


「――というわけで、君の体を動かしているのはムーンチャイルドが降霊しているからなんだ。おそらく体の制御に違和感があることだろう。当ててあげよう、手足の先に、軽いしびれがあるね?」

「いえ、別に」

「ふふ、隠さなくったっていい。ちなみに、そのしびれは一時的なものだ。次第に体に流れているエーテルが馴染んでくるからね。それまでの辛抱だよ。ああ、そうそう。おそらく視界に無数の光が浮いていると思うが――」

「いえ、別に」

「それも気にすることはない。ムーンチャイルドは第十三次元生物。いわば僕たちとは見えている世界が違うからね。次元の狭間に漂う月霊子げつれいしが『』えてしまっているのさ。じきに収まるよ」

「全然話聞いてくれないなこの人」


 襟草は小さくため息をつき、立ち上がった。


「おぉっと。どこに行く気だい?」

「帰ろうと思って」

「はっは! そいつは無理だよ襟草君!」


 一つ大きく高笑いし、伝道は言った。


「ここは市内から遠く離れた山の中。今は誰も使っていない古い別荘の一つでね。車がなければ永遠に山の中をはいずり回ることになるだろう」

「なるほど」

「おまけにそこの扉は鋼鉄製。カギは僕が持っている。突破は不可能というわけさ」

「はあ、そうですか」

「それとも、僕から無理やりカギを奪うかい? 自慢じゃないが、僕は通信空手を極めていてねえ。蘇生したばかりの君に勝ち目はないと思うよ。試してみるかい?」

「いえ、遠慮しておきます。腕力に自信はないので」


 珍妙な構えを取った伝道を無視して、襟草はざっと部屋の中を眺めた。

 怪しげな魔道具や拷問器具が置かれ、巨大な本棚にはびっしりと魔導書らしき物が詰められている。

 壁には数本の管が走り、大量の蝋燭の灯りが、それらをうすぼんやりと照らしていた。


「なるほど」


 やがて襟草は一言つぶやき、伝道に告げた。


あなたは(・・・・)嘘をついていますね(・・・・・・・・・)

「……なに?」

「ここ、市内の地下でしょう?」


 じりっ。伝道の足が半歩、後退した。


「……どうしてそう思うんだい?」

水道管(・・・)ですよ」


 襟草は壁沿いに走っている一本の管を指さした。


「ポリエチレン管。ここ最近になって使われるようになった、水道管の一つです。まだ真新しいですね」

「そ、それがどうしたっていうんだ」

「誰も使っていない古い別荘なら、鉄管か鉛管か……とにかく、旧式の水道管が使われていないとおかしいですよ。つまり、あなたの言った『今は誰も使っていない古い別荘』という発言は嘘になります」

「だ、だとしてもだ!」


 伝道は慌てて続けた。


「ここが市内かどうかは、それだけじゃ分からないはずだ!」

「それに関してはちょっと説明するのが面倒なんですが……」


 襟草はぽりぽりと頬をかいた。


「僕が死んでから覚醒するまでにかかる時間は、約一時間なんですよ」

「……は?」

「殺された場所は市内の公園の近くでした。あそこからどれだけ車を飛ばしたところで、人気ひとけのない山の中にはたどり着きません。諸々(もろもろ)の準備を考えれば、住宅街につくのがやっとというところでしょう」

「ま、待て待て! 待ってくれ!」


 伝道は慌てて口を挟んだ。


「君はおかしなことを言っているぞ? その口ぶりじゃあまるで……これまで何回も生き返ったことがあるみたいじゃないか」

「はい、その通りです」

「……き、君は僕の黒魔術で蘇ったんだろう?」

「いえ、違います」

「ムーンチャイルドの降霊術で体を半強制的に覚醒されているんだろう……?」

「いえ、違います」

「れ、霊的なエネルギーが体中を巡っているから、うまくコントロールが――」

「さっきから気になってたんですけど、ムーンチャイルドってなんですか?」

「やめろぉおおおおおおお!!!」


 声を荒げ、伝道は叫んだ。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! そんなの認めない! 認められるもんか! 僕の理論は完璧なんだ僕の魔術は至高の領域にたどり着いたんだ! 死んでも生き返る人間なんて、この世に存在するはずがない! そうだ……そうに決まってる……! こうなったら是が非でも君の体を使って、死者蘇生の魔術の実験を――」


 バキィッ!!!


「おぉぉぉぉおおい!!! ちょっと何やってんの!?」

「……? 水道管を壊しました」

「いや、それは見れば分かるけども!!」


 壁沿いに這っている水道管の一部が破損し、大量の水が噴き出している。

 部屋の中はみるみる水浸しになり、蝋燭の火が次々と消えていく。


「僕が聞きたいのはなんで壊したのってことなんだけど!! っていうか手からめっちゃ血出てるけど大丈夫!?」

「ご心配なく、そのうち治るので」

「そ、そうなんだ! 便利だね!」


 水道管を破壊する際にそれなりにダメージを負っていた襟草は、変な角度に曲がった右手をぷらぷらと振りながら話を続けた。


「あなたが僕を殺した時、袋を被せましたよね。妙だと思ったんです。僕を殺すだけなら、車の中に引きこんで、首を絞めるだけで良かったはず。一連の手際の良さの中で、あの動作だけが明らかに浮いていました」

「そ、それは――」

怖か(・・)()たんでし(・・・・)()()?」

「……っ」


 伝道の肩がぴくりと震える。


「殺すとき、僕の顔を見るのが怖かったんですよね? 死ぬ瞬間の人間の顔を見るのが……いや、今から殺す人間と目を合わせるのが怖かったんだ」


 伝道は何も言わない。

 襟草は続ける。


「そのことに気付いた時、あなたという人間が少し見えた気がしたんです。

 あなたは決して狂人なんかじゃない。臆病で、繊細な人だ。

 この部屋にしたってそうです。大量の魔道具や魔導書が、きっちり整理されて置かれている。とても几帳面な性格です。

 おそらくあなたは黒魔術に魅せられてから、友人の一人も作ってこなかったんでしょう。そして誰もいない孤独を紛らわすために、ますます黒魔術にのめり込んでいった。

 あなたにとって、黒魔術はすべてだ。あなたをあなた足らしめる、あなたのアイデンティティそのものだ。だから――」


 そして、笑う。


「この部屋が水浸しになるのだけは、避けたいだろうなと思って」

「……は、はは」

「ほら、早くしないとあなたの集めて来た大事な魔術書が沈んでしまいますよ? この部屋、気密性が高いですし、早く扉を開けて水を少しでも外に流さないと」

「はは、はははは……そうだったのか……」

「そして早めに水道局の人を呼んで、修理してもらうことをおススメします。今ならまだ間に合いますから」

「はは、ははははっはは!!! なるほどぉ!! なるほどなぁああ!!」


 宙に向かって伝道は叫んだ。やけっぱちになったような声音だった。


「僕は間違って、悪魔を召喚してしまったんだな!!」

「違いますけど」

「じゃなきゃ君は探偵だ! 死んだふりをして僕の研究室に潜入し、死者蘇生の魔術を妨害するよう誰かにやとわれたんだろう!!」

「あ゛? 適当なこと言わないでください死にたいんですかぶち殺しますよ」

「あれ!? さっきまでとキャラ違うくない!?」

「失礼、ちょっとした地雷だったもので」


 んんっと咳払いし、襟草は仕切り直した。


「とにかく、早く外に出ましょう? このままだと全部台無しになってしまいますよ」


 水深はもう、ふくらはぎを浸すほどにまでなっている。

 このまま放っておけば、数十年かけて集めたコレクションは台無しになってしまう。


 ここまでか……と、伝道はがっくりと肩を落とした。

 結局、うまくいかなかったのだ。何もかも。


 この少年が何者なのか、伝道には分からない。

 奇跡的に召喚してしまった悪魔なのかもしれないし、探偵なのかもしれないし、得体の知れない他のナニカなのかもしれない。


 世の中には自分の預かり知らぬ道理で動いている生物がわんさかいる。

 伝道にとって、そういう不可思議な存在を受け入れるのは至極しごく当たり前のことだった。


 ただ――


「……なあ」


 伝道は扉の鍵をかちゃりと開けて、つぶやいた。


「一つだけ教えてくれないかな?」

「なんですか?」

「僕の黒魔術は……失敗だったのか?」

「……」


 一拍置いて、伝道の隣に立ち。

 襟草は答えた。


「ええ、失敗です」

「そっか。そうだよな……」

「でも」


 消沈とした伝道に、襟草は言う。


「失敗してよかったんですよ」


 え? と伝道は顔をあげた。

 年齢不詳の少年が、穏やかな表情でそこにいた。


「どうして……?」

「その答えは、あなたが一番良く分かってるんじゃないですか?」


 襟草もちらりと伝道の横顔を見て、そして静かに微笑んだ。


「死んだ人間がよみがえっても、ろくなことにならなかったでしょう?」



【次のニュースです。

 昨日午後四時過ぎ、T県T市在住の男、伝道牧野四十二歳が危険物所持の疑いで逮捕されました。

 警察によりますと、伝道容疑者の家の地下から水漏れが発生し、水道局員が調査に赴いたところ、地下室に大量のオカルト道具が置かれていたのを発見。中には大量の拷問器具などが置かれていたため、不審に思った局員が警察に通報したということです。

 調べに対し伝道容疑者は「いつか人を殺すつもりだった。早めに見つかってよかった」と容疑を認めているということです】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ