第15話 取材③ 〜温泉〜
「わあ……」
温泉宿を目の前にして、凛は感嘆の声を漏らした。
山奥にひっそりと佇む温泉宿は純和風の旅館といった感じで、入る前から「ここ絶対良い宿やん」ってのがわかるオーラを醸し出していた。
「だ、大丈夫なんですか、こんな良さげな温泉……」
「と、泊まるとなるとえげつない料金になるけど、日帰りなら大丈夫だ!」
事前に料金を確認しているとはいえ、なんだか不安になる。
「まあ、せっかくの取材旅行ですし……良いところをチョイスするのは正解だと思います」
そうと決まればとことん堪能しましょうと、凛は胸の前で拳をギュッと握った。
「……まあ泊まりでも経費で落ちるんだけど」
「なんか今、ボソッと如何わしいことを仰いましたか?」
「イイエナンデモ!」
「まったく」
凛がふっと笑って、手を差し出してくる。
その手を取って、いざ温泉へ足を向けた。
「ちなみに混浴イベントとかは無いから安心してくれ」
「わざわざ言うあたり、欲望が垣間見えますね」
「いやいや、思ってないからね!?」
「本当に?」
「イエス」
「本当に本当にですか?」
「……イイエス」
「イエスと、いいえが混ざったように聞こえるのですが、気のせいでしょうか?」
「ごめんなさい全く考えてなかったといえば嘘になりますほんとすみません!」
バッと光速で頭を下げる。
「まあ……」
ぽっと頬を赤らめて、凛が言葉を漏らす。
「……もうちょっと時間を頂ければ、考えてあげないことは、ない、ですよ?」
後半部分はボリュームが小さすぎて聞き取れなかった。
が、温泉に入る前にのぼせるには十分すぎるほどの威力を秘めた一撃であった。
◇◇◇
「いいお湯でしたね」
「それ以外の感想は必要ないな」
湯上がりに休憩ラウンジで横になっていると、凛が満足そうな表情でやってきた。
文字通り、最高のお湯だった。
内風呂も外風呂も今まで行ってきた温泉の何倍も広くて種類も充実していた。
名前は忘れたが、一人専用風呂?
巨大なお茶碗のような風呂に入って眺める青空はとても綺麗だった。
「……どうした、凛?」
凛がじっと俺の顔を覗き込んできたので尋ねる。
「透くん、ちょっと顔赤いですね?」
ぺとりと、凛が手を俺の額に当てた。
ひんやりとした感触が額に触れて、逆に体温が上がってしまう。
「んー……若干のぼせたかな?」
「あらら……」
取材とはいえ風呂の中にまでメモ帳を持っていくわけにはいかないので、心のシャッターを切りに切りまくった。
普段のお風呂よりも長く湯に浸っていたのもあって、若干のぼせ気味である。
「時間もたくさんありますし、ゆっくり休んでください」
「ああ、そうするよ」
再び横になろうと上半身を下へ。
すると、後頭部をふにょりと柔らかい感触が包み込んだ。
「……最近の畳は柔らかいんだな」
「人の膝を畳呼ばわりとは失礼ですね」
頭上から凛の声が降ってくる。
視線を上にずらすと、凛の満面の笑顔が視界を覆った。
「いつかのお返し、です」
にへへと、凛は悪戯が成功した子供のように笑った。




