第13話 取材へ①〜ふたりで足湯〜
「着いたどー!」
ゴールデンウィークの真ん中らへんの日。
俺と凛は、電車で1時間ほどかけて温泉街にやってきた。
「おー、なんだかとても風情がありますね」
隣で凛がふんふんと辺りを見回している。
まるで、知らない場所に連れてこられた猫みたいだ。
普段はコンクリートの街並みしか馴染みがない分、駅から見える光景はとても新鮮だった。
裏手はすぐに山。
駅前の広場の先は商店街になっていて、昔ながらの家屋が立ち並んでいる。
温泉街らしく、『温泉まんじゅう』や『お土産』といった看板がよく目立っていた。
「うし、テンション上がってきた!」
「はしゃぎすぎて転倒、そのまま病院へ」
「よしそこ、フラグを立てるのやめようか」
「安心してください、むしろこう言っておけば事前にフラグを回避できますので。存分にはしゃいでいいですよ」
「よっしゃ! うおおおおお!!」
「やっぱり、騒音規制法にひっかかるのでやめてください」
「俺は重機か何かかな?」
他愛のないやり取りをしつつ、早速目的の温泉へ。
と思ったら。
「透くん透くん、見てください」
「んっ?」
弾んだ声の凛に袖口をちょいちょいされて振り向く。
視線の先、ロータリーに面白そうなスポットがあった。
「おお! これは噂に聞く……」
「足湯、ですね」
読んで字の如し。
足だけ浸けるタイプの温泉だ。
「へえー、実物はこんな感じなんだ! 初めて見たなー」
長方形型に掘られた溝に、ほかほかと温かそうなお湯が張られている。
両脇には木の板が設置されていて、そこに座って足を浸ける仕様のようだ。
「早速、小説のネタゲットですね」
「確かに、これは使える」
スマホを起動しパシャパシャ。
うむ、非常に幸先の良いスタートだとにんまりしていると、ちょいちょいと再び凛に袖口を引っ張られた。
「せっかくなので、入りましょうか」
すんとした表情で言う凛。
対照的に、身体はそわそわと揺れていた。
「凛も、テンション上がってきた感じか」
「勘違いしないでください、あくまでもこれは取材のためです。ただ見るだけではなく、実際に体感したほうが奥行きのある描写を書けると思うので」
「そうかそうかー。凛もなんやかんや、はしゃいでるんだな」
「はっ、はしゃいでなんか、ないです、もん」
「もん、て」
「……ちょっとだけ、はしゃいでいるかもです」
「大はしゃぎだな」
ぽんぽんと、小さな頭を撫でる。
すると凛は頬を朱に染め、「んもー」と頬を膨らませるも、すぐに気持ち良さそうに喉を鳴らした。
可愛すぎんか。
「はっ……早く入りましょう」
「おっ、おお……」
なぜだか俺も恥ずかしくなった。
いそいそと靴と靴下を脱ぐ。
ふたり仲良く裸足になって、ちゃぽんと湯に足をつけた。
「おお……」
湯加減は少々熱め。
しかしその分、温泉の熱をダイレクトに感じられる。
深さは足首くらいまであった。
足先からじんわりと温もりが上がってくる感覚。
上半身の平常温度、下半身のぽかぽかの落差がこれまた心地よい。
「これは……なかなかに気持ちいいな」
「激しく同意、です」
ほぅっと、縁側でお茶を飲んでるような表情をする凛。
俺も自然と、身体がリラックスモードに切り替わった。
肩から力が抜けて、両脇に手をつける。
すると、俺の手の甲に温かい感触が重なった。
振り向く。
柔らかく微笑んだ凛が、優しい声で言った。
「今日は一日、楽しみましょうね」
「……ああ、そうだな」
湯に包まれた足先。
それに負けないくらい、温かかった。
手と、心が。




