第10話 書籍化おめでとうございます
近所の公園。
凛は、ベンチに腰掛け地面を見つめていた。
景観照明に照らされた凛は、孤独の城に閉じ込められたお姫様のような雰囲気を漂わせていて……憶測だけで言うと、元気なさげだった。
「よっ」
声をかけるのと、澄んだ瞳がこちらを向くのは後者のほうが速かった。
端正な顔立ちに笑顔が咲くも、凛はすぐに表情を戻した。
「こんばんは」
「おう」
ぺこりとお辞儀する凛の隣に腰掛ける。
木製のベンチは硬く冷たいが、徐々に自然の温もりが伝わってきた。
「すみません、急に呼び出してしまって」
「気にしない」
いつもならここでボケの10個や20個披露するところだが、自重する。
自重したはいいものの凛は口を開かない、夜の音だけが耳朶を打つ。
時折、どこかの家から運ばれてきた夕食の香りが鼻腔をくすぐる。
世界は普段と変わりなく夜のルーティンをこなしているというのに、俺はというと気が気でなかった。
なぜ、凛は通話口で意気消沈していたのか。
なぜ、凛は俺を呼び出したのか。
なぜ、凛はしょんぼりしているのか。
いくつもの「なぜ」が浮かんでは、その解に結びつくことなく虚空に消えていく。
いよいよ手詰まりだ。
これはもう、直接聞くしかない。
「なあ」
「心細くなったんです」
質問を投げかける前に答えが紡がれ、その内容がおおよそ明るいニュアンスを孕んでいないことに、息を呑む。
横を見ると、憂色を浮かべた横顔とスカートに皺を作るふたつの手があった。
「透くんは」
そこで一度言葉を飲み込んでから、凛は意を決したように再び口を開く。
「透君は、今まで夢に向かってたくさん、たっくさん頑張ってきました。その努力が実って、書籍化して、プロの小説家さんになって……」
ぽつり、ぽつりと凛が言葉を落とすごとに、記憶がフラッシュバックする。
創作の指南書を読み耽った日々。
一冊の本をまるまる模写した日々。
毎日欠かさず更新した日々。
「そばでずっと見てきて、応援してきた私にとってそれは、とても、とっても嬉しいことでした。……本当に、嬉しかったんです」
言葉の通り、凛は笑みをいっそう深いものにした。
「これは客観データも何もない、私の主観的な予想……いえ、願望なのですが」
そう頭につけて、凛は言う。
「透くんはきっと、素晴らしい作家さんになります。漫画にも、アニメにもなって、たくさんの人々を感動させて……ベストセラー間違いなしです」
「過大すぎる評価だな」
「願望です。……でも、きっと確実な未来です」
なんの躊躇いもなく言い切るもんだから、嬉しさとむず痒さが一緒にやって来て後ろ手に頭を掻く。
後頭部と心のくすぐったい部分が繋がっていたら、さぞ気持ちよかったことだろう。
「でも、だからこそ、なんでしょうか」
声のトーンと、凛が纏う空気が変わる。
「そうなってほしいなあ、と思う反面……寂しさも感じたのです」
「寂しさ?」
問い返すも、凛は俺の方を見ず、視線を地面に固定したまま、言った。
「透くんが、遠くに行っちゃうような気がして」
──ああ、なるほど。
先程までの「なぜ」の答え。
それは、その一言で全て説明がついた。
「ごめんなさい、いきなりこんなこと……」
ここまで言うつもりはなかった。
こんなこと言ったら俺を困らせてしまう。
そんな意思によって紡がれた言葉が終える前に、俺は自然な動作で凛の背中に両腕を回していた。
「と、透くん?」
大好きな体温、匂いに、いつもなら胸が高鳴っていただろう。
でも、ただでさえ細い凛の体躯が今日は一段と小さく感じて、俺の胸は荒縄か何かに締め付けられているように縮こまっていた。
「まずは、ごめん。寂しい思いさせちゃって……」
思い起こす。
先日、猫カフェの帰り道。
もし、小学二年生の雨の日にシロップと出会えてなかったら、俺たちも巡り会えていなかったかもしれない。
そう考えると、なんだか寂しいと言って、凛は俺に縋り付くように身を寄せて来た。
そうだ、俺が一番よくわかってるはずじゃないか。
浅倉凛という人間は、クールで何事も動じず気丈な精神を持っているように見えるだけで──本当は、寂しがり屋な女の子だって。
「正直、浮かれてた。凛の気持ち、考えれてなかった」
「そんな、透君が謝る必要はっ」
ぎゅうっと、両肩を抱えるように掴まれる。
「ぜんぶ私の、考えすぎですから。たとえこの先、透君がどんな立場になったとしても……透君は、私と一緒にいてくれる。そういう人だってことは、私自身が一番わかってるはずなんです。でも」
「わかるよ」
小さな肩に顎を乗せて、安心させるように告げる。
「凛の気持ちは、俺もわかる」
耳元で、息を呑む気配。
「俺も、同じような気持ちだったことがあるから」
勉強も、運動も、芸術も。
メキメキ腕を上げて、成果を出して、学年中の皆が一様に凛を「優秀」と評した。
対して、どの分野においても中の下程度だった俺は、凛が遠くに行ってしまうような感覚を覚えたものだ。
今凛が抱えている気持ちと同じものを、俺も抱いていたんだ。
という説明を端的に告げると、凛はふるふると首を横に振った。
「私なんて全然、大したことありません。それに、私が頑張れたのは、透君のおかげで」
「それこそ俺も同じだよ」
澄んだ瞳を見据えて言う。
「俺が頑張れたのは、凛のおかげ」
本当に、心底思う。
「ニラさんがずっと、俺のそばで応援し続けてくれたからだ」
「……その名前は、なんだか恥ずかしいです」
「俺は好きだぞ?」
「もう」
雪みたいな頬に、ほうっと赤が浮かぶ。
「とにかく」
一度咳払いし、言葉に意味を持たせて言う。
「俺はこの先どうなろうと、凛のそばを離れるつもりはないし、離れるわけがない。ただまあ、わかってても、焦りというか、今までとなにかが変わるんじゃないかとか、そういう不安があるのも理解できる」
例えば、そう。
「この先、別々の大学に行くことになるかもしれない、全く別の道に進むかもしれない。うん、この可能性は大いにあり得る。凛の言ったように、結果的に立場が遠い存在同士になるかもしれないな。でも」
言いたいこと、伝えたいことはシンプルだ。
「そんな程度じゃ、俺と凛の関係は変わらないだろ」
尊重し合っている関係、とでも言うのだろうか。
お互いがお互いの本質的に深い部分を知り、その箇所を心から尊敬しているからこそ容易には断ち切ることのできない、強固な関係性。
それは、恋愛的な好きとか大好きを超えた、真の意味で求めあっている状態なんだと思う。
鎖よりも強いその関係性が、すこしばかり互いの立場が変わったからといってヒビが入ることはあるか?
答えは断じて否だ。
だから何度だって、言うのだ。
「これからも、ずっとそばにいる」
この場限りの安心させる言葉じゃなくて、この先永劫的に続く言葉を紡ぐ。
「大好きだよ、凛」
ただひとつ、とても単純な事実を根拠にして。
……。
…………。
見つめ合っていたのは、たぶん10秒もなかったと思う。
「やっぱり」
湿っぽい声。
「私には、貴方しかいません」
細められた目の端に、きらりと光るものが見えた。
「奇遇だな。俺も、君しかいない」
「奇遇じゃないですよ。きっと、必然です」
「ああ……そう考える方が、素敵だな」
くしゃりと、凛がはにかんでみせる。
頭を撫でられた幼子のような笑顔。
「単に、私の考えすぎでしたね」
ベンチから腰を離した凛が、夜空に向かって「んぅーっ」と両腕を伸ばす。
孤独の城に閉じ込められたお姫様が自由を手にして、初めての朝を迎えたみたいな姿。
それだけで、凛の胸の内に漂っている雨雲が立ち去った事を悟る。
「透くん」
俺の前に向き合って、
「改めて、言わせてください」
凛は、祝福の笑顔を彩って言った。
「書籍化、おめでとうございます」
目頭が熱くなったのはきっと、気のせいではないだろう。
凛もきっと、この言葉を口にするのを心待ちにしていたはずだ。
俺も、ずっとそう言って欲しかった。
だから、頑張れた。
うん、やっぱり、凛のおかげだ。
改めて認識して、この成果が自分一人のものではないことを反芻してから自然と浮かんだ言葉。
きっと、この先凛に何万回贈っても色褪せない5文字を、俺は贈るのであった。
「ありがとう」
最後の凛ちゃんのセリフに、私もようやく返答することができます。
「ありがとう」と。
というわけで、【重大告知】です!!
本作、「世界一かわいい俺の幼馴染が、今日も可愛い」ですが、なななんと!!
『書籍化』致します!!!
透くんが! 凛ちゃんが! 花恋ちゃんが! 絵になるよ!!!!
レーベルは株式会社KADOKAWA 富士見ファンタジア文庫様!
『フルメタル・パ○ック』や『生○会の一存』など、私が青春時代に超超お世話になったレーベルです!
特にフル○タは私が一番好きな作品と言っても過言では無いので、同じレーベルで出せることを心から嬉しく思います。
閑話休題。
いやでもまさか、透くんと同じタイトルで、同じように書籍化することになるとは思ってもいませんでした……。ひとえに皆様の応援、ご愛願のおかげです。
本当に、本当に感謝しかありません。
応援くださった読者の皆様に、改めて感謝申し上げます。
今後はプロシロップ製造機として、より一層甘々な物語を紡いでいく所存です。
発売日やイラストレーターさんの告知は追ってさせていただきたく思いますので、今しばらくお待ちいただけますと幸いです!
引き続き何卒よろしくお願いいたします。
〜皆様にお願い〜
書籍化を機に、本作をもっと多くの方々に読んでいただきたいという思いがございます。
『面白い!』『甘い!』『書籍化おめでとう!』と思ってくださった方は、ここから下にスクロールしたところにある「☆☆☆☆☆」で評価いただけますと幸いです。




