匂い
また別の日、住宅街を散歩していると、いい匂いが漂って来た。
なんだ……、この匂い。
匂いを辿って歩く。あの公園のほうからだった。ミアと出会った、あの公園。
入口まで回るのが面倒なので、繁みを突破して公園に入った。
「ぎゃあっ!?」
ミアがいた。オレを見て悲鳴を上げた。
「び……、びっくりした! ゴゴ……だよね? 本物のライオンじゃないよね?」
ミアはいい匂いのする袋を手にしていた。3つだ。匂いはこれだった。
「ゴゴだ」
オレはそう言うと、ミアが座っているベンチの隣に腰を下ろす。
「お前が持っているそれはなんだ」
「フライドチキンだよ」
ミアの笑顔が見れた。
「この間、ケガを治してもらったから」
「くれるのか?」
みっともないが、よだれが止まらん。
「うん。もし、また会えたら、一緒に食べようと思って」
「待っていたのか」
「すぐにゴゴ来たよ?」
可愛らしい笑顔をまた見せると、ミアがそれを二つ渡してくる。
「はい。一緒に食べましょ」
ベンチに並び、ミアと一緒にそれを食った。
「美味しい?」
一口齧って、ミアがそう聞いてくる。
「うまかったぞ」
オレは紙の袋ごと二つとも食べ終えた顔を笑わせた。
「もう食べちゃったの!?」
驚いた顔もなかなか可愛い。
「紙袋は!? あれまで食べちゃだめなのに」
ミアは顔にガーゼを当て、絆創膏で留めていた。自分でやったようだ。歪んでいた。
オレの唾液は傷を治すが、痛みが消える程度だ。傷跡は消せない。
スティーブはカネの力で優秀な医者に傷跡を消させることが出来るが、オレに傷跡は消せない。
「聞いたぞ」
オレはミアに言った。
「オマエ、金持ちの家の娘か」
ミアが嫌なことを知られたような表情になり、うつむいた。
「なぜカネの力で傷跡を消さん? 女の子にとって体に傷がつくのはよくないことだと聞いた」
もう聞かないでというようにミアは向こうを向いたが、どうもオレはデリカシーとかいうものがないようだ。続けて聞いてしまった。
「自分で貼ったのか? その絆創膏。なぜ召使いにやらせない?」
するとミアがオレをまっすぐ見た。
悲しそうな青い目で、オレの目をまっすぐ見てくる。
「あたし、いらない子なの」
「いらない子? どういうことだ」
「間違って生まれちゃった子なの。だから、ほんとうは、あまりゴールドスミスを名乗るなって」
「わからんな」
オレは言ってやった。
「いらない生き物などいるのか? すべての生き物は誰かの糧になる。オレは誰かの肉を食ってばかりだが、オレもいつかは誰かに食われる肉になる。だからだ」
ぽかんと口を開けてミアがオレを見つめる。
意味がわからなかったようだ。まだ子供だから仕方がない。可愛い。
わかりやすい言い方に変えて言ってやった。
「すべての生き物は、生きていることに意味があるのだ」
すぐにミアが聞いてきた。
「誰かに食べられるために生きてるのも意味があるってことなの?」
その顔はオレの言葉を責めているように見えた。
「そうだ」
オレは答えた。
「強いものが弱いものを食べる。当たり前のことだからだ。弱いものがさらに弱いものを食べ、やがて一番小さなものが一番強いものを食べる。命は回るのだ」
「いやだ!」
いきなりミアが立ち上がり、怒りはじめた。
「弱い私は食べられろって言うの!? そんなのいやだ!」
「オマエは弱くはない」
心から、オレは言った。
「オマエにはオレを優しい気持ちにさせる魅力がある」
照れくさかったのか、ミアが少し笑った。可愛い。
「オマエが弱いなら、オマエは弱いオマエを、オレに守らせたいと思う魅力がある。それはだから、オマエの、強さだ」
「私を守ってくれるの?」
「守りたいと思わせられる。だからだ」
ミアが近寄り、オレの脇腹に抱きついてきた。
「ゴゴって、太陽みたいに暖かいね」
「何だそれは? 太陽は暖かくはない。燃えるぞ」
「お陽さまみたいにあったかいって、よく言うよ?」
「離れているから暖かいのだ。近づきすぎると火傷をする」
「守ってほしいの……」
「なんだ?」
意味がわからず、オレは聞いた。
「誰かに食われそうになっているのか?」
ミアはうなずいた。
「私を狙ってる悪いやつらがいるの」




