傷だらけの少女
『ユニコーンのたまご』の外伝的作品です。
本編未読でも楽しめるように書いて行きますが、詳しい設定等は本編をご参照くださいませm(_ _)m
イラストは空原海さまより頂きました♡
オレの名はゴゴ。どこでどういう風にオレの先祖が産まれたかは知らぬが、動物の姿をした人間だ。
オレは島で暮らしていたはずだ。ある日、目覚めるとなぜか人間の町にいた。
スティーブと出会ったのは良いことだった。彼に面倒をみてもらっている。彼にはとても感謝をしている。いつかこの恩を返さねばな。
オレの姿を見ると人間はびっくりする。あまり外を出歩くなとスティーブには言われている。通報とかいうのをされると困るらしい。
幸いスティーブの屋敷は広く、庭もジャングルのようなので、運動不足にはならん。
しかしせっかくオレにとっては珍しい人間の町にいるのだ。見物しに外へ出たくなる。今、オレが住宅街を散歩しているのは、それだからだ。
歩いていると腹が減った。2時間ほど前に牛のステーキを5kgほど食ったが、あんなものではさすがに持たんな。オレのカラダはどうにも燃費が悪くていかん。
そろそろ屋敷に帰ってスティーブに何か食わせてもらおうか、と思った時だった。
血の匂いが、漂って来た。
木々に潜れるように公園があった。遊具はブランコが2つだけあり、その前で少女が1人、膝を抑えて座り込んでいた。
「どうした?」
オレが声をかけると顔を上げた。色素の薄い少女だ。スティーブで見慣れているが、日本の町ではあまり見かけない種類の人間だった。
少女はオレの姿を見ると目を見開き、恐怖に慄いて逃げようとした。立ち上がろうとした足がもつれ、その場に倒れた。膝を怪我している。血の匂いはそこからだった。
「逃げるな。オレは何もしない」
そう言ったのがかえってまずかったようだ。嘘をついていると思われたのか、よけいに怖がらせてしまった。ジタバタしている。
「怪我をしているだろう。見せてみろ」
なるべく優しい声でそう言うと、ようやく少し警戒を解いてくれた。こちらを振り向くと、おそるおそると膝の傷口をこちらに見せる。
「痛そうだな。どうした?」
「ブランコ……勢いよく漕ぎすぎて……」
少女はか細い声で言った。
「手を離したら……飛んじゃったの」
「それは飛ぶ。当たり前だ。なぜ手を離した?」
「死ねるかなって……思って……」
「後悔しただろう?」
少女は何も答えなかった。
「どれ……。見せてみろ」
砂の上を相当滑ったようだ。ひどく擦り切れている。見るとてのひらもずるりと血で染まっていた。オレは爪を収めた手で優しくそれを取ると、舌を出し、べろりと舐めてやる。
「うあっ……?」
再び少女が怖がるような声を出したが、すぐに黙った。
オレの唾には高い治癒効果がある。ユニコーンの自己修復能力ほどではないが、人間の作った傷薬などよりは遥かに効き目がある。
「まだ痛いか?」
「ううん」
少女は無表情に首を横に振った。
「治った」
見ればその顔も擦ったようで、砂が頬につき、傷の筋が出来ている。
「近づくぞ? 怖がるな」
オレは顔を寄せ、そこもべろんと舐めてやった。
「なんでライオンみたいな顔してるの?」
舐められ、身体を傾けながら、少女がオレに聞く。
「っていうか本物のライオンみたい。本物、見たことないけど……」
「動物園とかいうところがあるだろう」
舐め終わると、自分のTシャツの裾を肉球で掴み、頬を拭ってやった。
「そこで見たことはないのか」
「行ったことないもん」
「そうか」
「うん」
話すことがなくなった。
会話が途切れても、人を食いそうな見た目をしたオレを前にして、逃げずに少女はそこに立っている。
「怖さはなくなったか」
「うん」
「なぜだ」
「目が……綺麗だから」
照れ臭くなるようなことを言う子だと思った。
「オレの名はゴゴ。お前は何だ?」
「ミア。……ミア・ゴールドスミス」
そう名乗り、なぜだか不安そうな目でオレの反応を待つ。
「そうか。いい名だ」
人間の名のことは正直わからんが、本当にそう思った。
「お前に似合っている」
「似合ってなんかない!」
なぜか怒ったようにそう言うと、ミアは逃げるように駆け出した。
銀杏の黄色い葉がひらひらとオレ達の間に舞い落ちた。
■ □ ■ □
「お帰り、ゴゴっち」
屋敷に帰るとスティーブが焼き芋を焼いていた。
「腹が減った。スティーブ、何かあるか」
「何かも何も、これが見えないの?」
とても楽しそうにスティーブがウィンクをする。
「サツマイモを大量に貰ったんだ。近所のおばあちゃんにだよ」
皿に山盛りにした焼き芋を取っては食い、取っては食いしながら、オレはスティーブに話した。
「お前と同じような、色素の薄い人間に出会った」
「失礼だなあ」
スティーブがいつものアメリカンコーヒーを飲みながら、笑顔で抗議する。
「ボクは色素が薄いわけじゃないですよ。アメリカ人なだけなんだから」
「すまん」
よくわからんが、謝っておいた。
「ミアという名の、10歳ぐらいの少女だった」
「ふぅん? 知らないなぁ。まあ、外国人のコミュニティとかにボク、参加してないから」
スティーブはコーヒーを一口飲むと、聞いて来た。
「ミアちゃんか。下の名前は?」
「何と言ったかな……」
焼き芋を連続食いしながら、オレは思い出そうと頑張った。
「そうだ。ゴールド……ゴールドスミスだ。ミア・ゴールドスミスだ」
「ゴールドスミス?」
スティーブの顔色が変わった。
「それ、ボクのお父さんのライバルの大富豪の名前ですよ」
「そうなのか」
「日本のこの町に支社があるのは知ってるけど、まさかゴールドスミス社長の娘? 孫? どちらにしろミアって子は聞いたことないなあ……。ボク、お父さんのライバルのことは詳しいんだけど」
「そうか」
人間のことはよくわからん。オレはあっという間に皿の上の焼き芋を食い尽くした。




