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【完結】見返りは、当然求めますわ  作者: 楽歩


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6.契約条件

「エルミーヌ、例の商会が午後からくるわ。やっとね」




 柔らかな陽光が差し込む静かな部屋で、心地よいソファに腰掛けながらのんびりと本を読んでいると、ふいにシャルロットがやってきた。




「ああ、あの布を取り扱っている商会ですね。布の製作者の方も連れてきてくださるとか」


「そうよ。お父様の許可もいただいたし、私たちの理想のドレスに向けて、いよいよ取り掛かれるわ」


 この国では、見ることのない絹糸を使った布。絹糸を吐き、繭を作る虫がいるなんて世界は広いわ。その繭から取れる細くて強い繊維で、編んだその布は、生産されている国でも希少らしい。


 以前、夜会でお会いした令嬢がその布のハンカチを見せてくれたことがあり、その滑らかな手触りに公爵令嬢と共に驚嘆したことは記憶に新しい。



「でも、本当にもったいない。あの布、ほとんどがハンカチなどに使われているのですって。吸水性がいいという理由で。でも、染めやすい繊維で発色性も良いのよ。絶対ドレス向きよ。さあ、午後の商談に向けて打ち合わせをしましょう」



 商談に向け値段などの条件、交渉材料を確認していく。ふふ、楽しいわ。あっという間に時間が過ぎる。



「お嬢様方、商会の方がお見えです」



「さあ、いくわよ。エルミーヌ」




 *****




「はじめまして、私はシャルロット・モンフォール。そして、こちらは、エルミーヌ・ルーベンスですわ」


「お、お初にお目にかかります。この度はご縁を結んでいただき、誠にありがとうございます。カイロス・ディアスと申します。隣にいるこの者は、モンフォール公爵令嬢様が、お求めの布を制作しております村の代表、ラザールでございます」


「は、初めまして。私のようなものが、このように豪華な部屋で……」


 商会の方も代表者の方も部屋を見回し、その豪華さに圧倒されている様子だ。




「いいのよ、さあ、お座りになって」


 シャルロットは、優しく微笑みながら、彼らに席を勧めた。



 それでは、と、ラザールが布について説明を始めた。



 村で見つけた野蚕から糸を紡いで布を作っているが、非常に繊細で、ハンカチ程度の用途にしか適していないとのことだった。さらに、洗濯が難しく、日光にも弱くて変色してしまうそうだ。しかし、肌触りは非常に良いため、裕福な家庭の令嬢用のハンカチとして、商会で取り扱ってもらっているのだという。



 洗濯と日光か。うーん、でも、貴族用の夜会ドレスなら特に問題はないわね。




 一通り話を聞いた後、シャルロットが話し出す。

 

「わかりましたわ。ではいくつか質問を。その蚕とやらは、人の手で育てることは可能なのかしら?」


「は、はい」


 なるほど。



「私が手に入れたハンカチは、織り目が少し乱れていましたけれど、どなたが作っておられるのです?」


「村で唯一、織機のある家の者に頼んでいます。しかし、綿の糸と違って細いため、どうしても折り目が乱れて……お恥ずかしい」


 ラザールは少し肩を落とし、申し訳なさそうに答えた。



「ケチをつけているわけではないの。そうであれば、ねえ、エルミーヌ?」


 シャルロットは優しく微笑みながら私に目を向けた。



「はい、そうであれば、村で蚕を育て、糸を増産することに専念していただくのは可能でしょうか。その糸をこちらで買い上げ、織るのは専門の方にお願いしますわ。ドレス用に布を作りたいので、量が必要なのです」


「え、ええ。それは構わないのですが。今まで片手間でやっていたもので……」




「そうですね。設備や人手も必要でしょう。では、手付金として、こちらの金額はいかがでしょう。また、生産が軌道に乗ってきたら、ドレス一枚分の糸で、この金額を用意いたします」



 手元の書類を見せながら、具体的な提案を行った。




「ええ!!! こんなにですか? 俺らの年収の倍…… や、やります! すぐ村に帰ってみんなに伝えます。え? 嘘ではないですよね」


 驚きと喜びが交じった表情で彼は叫んだ。よく契約書を読まないでサインをしそうな勢いね。





 ラザールの隣で目を白黒させながら事の様子を見守っていた商会のカイロスが、少し控えめに声をあげた。


「あのー、それで私ども商会は、どういたしましょう?」



 カイロスにも、取引に関する条件を書いた紙を渡す。内容についてはシャルロットが説明をしてくれた。



「あなたには、引き続き、村からの仕入れを行って公爵家の商会との取引の中継をして行ってほしいの。貴方がハンカチに目を付けなければ私はこの布の存在を知らなかったわけだし、感謝しているわ。でもハンカチを含め製品の製作と販売はこちらに任せてほしい。そのかわり、我が公爵家の商会の傘下に入るのはどうかしら? 制約もあるけど、公爵家の後ろ盾が手に入る。扱える商品も増え、顧客の幅もぐっと広がるわ」


 シャルロットは静かに微笑みながら提案をした。目の前の2人がこの機会をどう受け止めるかをじっと見守っている。



「なんと! 本当ですか? そんな好条件、いいのですか? ああ、神様! 今日はなんていい日だ。期待を裏切らないように頑張ります!!」


 彼もまた、驚きの声を上げ、喜びを隠せずに興奮していた。




「ええ、もちろんよ。その代わり糸の取引は独占契約となるわ。いいかしら? 契約については、立会人を呼んでいるの。遅れると連絡があったけど、きっともうすぐ来るわ。それまで、もう一度条件を確認しておいて」



 カイロスとラザールの2人はお互いに感謝の言葉を掛け合っている。





 立会人が到着し滞りなく契約が済んだ。やがて、二人はニコニコと笑顔を浮かべ、何度も頭を下げながら帰っていった。足取りは軽やかだった。









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