72:ゲームは終わる
「わたしの命、半分あげるから、お願い、戻ってきてよぉぉ!」
ミュール様の強い思いと共に行使された魔法は、最後の最後でその効果を発揮した。
アーリエラ様の体が淡い光に包まれ、その光が一度彼女の肉体に吸い込まれたかと思うと、ズルリと青黒い靄のようなものを包んであふれ出てきた。
その靄が碧霊族の魂なんだとわかる。
光はその靄をジワジワと浸食し、やがてすべて消し去り、最後に光自体も消滅した。
同時に私の体の自由も戻り、危うく身体強化した体で気絶しているアーリエラ様を全力で抱き潰すところだった。文字通り、物理的に潰す方向で。
アーリエラ様を芝生のうえに転がし、私もその横で大の字になった。ずっと体を力ませていたから疲れが半端じゃなくて、汗が滝のように流れて息が切れた。
「アーリエラさんっ! アーリエラさんっ!」
ミュール様がアーリエラ様に取りすがり、必死に声を掛けている。さっきのを見れば、魔法が成功したのがわかるんだから、無理に起こす必要ないだろうに。
ってぼそっと言ったら、キツく睨まれた。
「あの魔法は最終奥義で、悪魔を取り除く魔法だけどね、根深く入り込んでたら、その人の魂まで一緒に引きずり出しちゃうやつなのよっ」
「エグいわね」
「エグくてヤバいのっ! だけど、それしかなかったんだから、どうしようもないでしょっ」
「そりゃ、そうだわ」
ぷんすか怒るミュール様から目を離して、抜けるような青空を見上げる。
ほんと、今日はピクニック日和だわぁ――
疲れちゃったからすこしだけ休もう、もし寝入ってもバウディが回収してくれるだろうと、考えて目を閉じる。
「あれっ? あれっ? ステータス画面が出てこないんだけどっ。え、マジで?」
ミュール様の慌てる声が聞こえた。
そういえば、普通に魔法を使えないんだから、画面が出てこなきゃ魔法を使えないってことだもんなぁ……そりゃ慌てるわ。
きっと、アーリエラ様を救うのに命を半分をあげたから、その部分がなくなったんじゃないかな、なんて考えるのは夢見がちすぎるのかな。
でも、彼女の思いがアーリエラ様を助けたとしたら、なんだかいいわよね――
周囲の人たちが動き出したのを感じながら、ゆっくりと意識が遠のいていった。
私が目を覚ましたのは、それから三日後だった。
憔悴したバウディに手を握られていて驚いた。バウディも髭が生えるのね、無精髭が似合わないわ。
「おはよう、バウディ」
ちゃんと朝の挨拶をしたのに、彼は無言で抱きしめてくるばかりだった。
彼の背中に回した両手で、ポンポンと宥めるように背を叩いていると、やっと落ち着いてきたのか、彼の体がすこしだけ離れてじっと視線を合わされた。
「――あなたの魂も変質してしまったかも知れないと、あの女が言っていたんだ」
魂云々といえば、ミュール様がそんなようなことを言っていたっけ。
でも、魂が変質するっていうのは、随分と穏やかじゃないわね
「私の魂も、ってことは。アーリエラ様になにかあったの?」
私の無事を確認して落ち着いた彼はベッドの端に腰掛けて、あれからなにがあったのかを教えてくれた。
アーリエラ様の髪は色が抜け落ちるように真っ白に変わり、憑きものが落ちたように穏やかになった。
そして、すべての罪を受け入れることを誓って自ら修道院へ入ることを望んだ。
記憶も所々失ってしまったらしく、精神魔法を失い、言葉が片言になり、貴族としての作法も曖昧で――その代わりに碧霊族の記憶を得た彼女は、書き換えられた歴史を正しく伝えることを自らの務めとし、鎮魂のために生涯祈るのだという。
隣国の貴族を扇動した彼女の罪は許されざるものだったが、バウディの異母兄である隣国の王太子も事を荒立てたくないとのことで、内々に処理した結果、彼女の意思が尊重されたということだった。
そして、ミュール様は案の定魔法を使う術を失い、ついでに魔力の大半もなくしてしまったので貴族籍が剥奪され、平民に戻された。
アーリエラ様のパシリとしてバウディの行方を捜したり、隣国の貴族にその所在をリークしたりしたが、こちらも隣国の意思を尊重して大事にはせずに終わることになった。
魔法学校での行動だが、そもそも生徒ではなくなってしまったので追求はできないということだった。できたとしても除籍処分なので、結果は変わらないし。
「すまない、お互いの国の関係を変えずにいるためには、なかったことにするのが間違いないことだったんだ。本来ならば、厳刑に処されてしかるべきなのに」
日本よりもずっと命が軽いこの世界だから、ひょっとすると死刑だったのかも知れないのかしら……。さすがに、それはチョットね。
「まぁ、いいんじゃないかしら?」
主な被害者だった私の心情を心配してくれた彼に、笑顔を向ける。
ミュール様は平民でいたほうがのびのび生きられそうだし。
アーリエラ様に至っては、色々失ってしまったうえに、これ以上追い打ちを掛けるのも可哀想だろう。
二人とももう私に関わることがないだろうから、もうどーでもいいんだよね。
「あなたは……。本当に懐が深い」
そんなことないんだけどね。でも、頭のいい人たちが考えた最良の判断がこれなら、それでいいと思うのよ。
もう一日だけカレンド先輩のご実家に泊まらせていただいてから、帰路につくことになったのだが、王都に戻るというカレンド先輩の馬車に乗せてもらえることになった。
馬車を乗り継がなくていいのは、本当にありがたいし、辺境伯家の馬車は立派だった。途中でマーガレット様を拾い、一路王都を目指した。
そして、両親と共に無事の帰宅を喜んだり、家を空けている間に父の役職が上がったことに驚いたりして数日。
王宮に呼び出されたバウディが、爵位をもらって帰ってきた。
ボラに用意してもらって、お庭でお茶をしているときに、立派な貴族の服を着たバウディが庭に入ってきて、思わずお茶を吹き出すところだった。
あれ? 朝は、もっと普通の格好じゃなかったっけ?
町で服を仕立ててあったの? 凄く似合ってるわよ、かっこよさが三割増しだわ。
隣国の王位継承権を完全に破棄したのを明確にするために、我が国での爵位をもらった?
「ちょっとよくわかんないのだけれど。あなたが爵位をもらってしまったら、折角平民になった私の立場は? 私、あなたと結婚する気満々だったのだけれど?」
思わず問い詰めてしまったけれど、当然よね? だって、それもあって学校を除籍されるべく、頑張ったんだもの。
「レイミ様は、平民ではありませんよ。さぁ、明日から後期の授業がはじまりますが、準備はできていますか?」
「え、本当にちょっと待って。私、また学校に通えるの?」
戸惑う私に、彼は当然だと頷く。
「あの事件にこちらの瑕疵はありませんし、学校側からも除籍の通知など届いていませんよ」
そうなのか! そういうことなら、通わない手はないわね。学びたいことは、まだまだあるんだから!
気分が浮上した私の前に、正装姿の彼が跪いて右手を差し出した。
「レイミ嬢、あなたが卒業したら、私と結婚していただけますか?」
うーわぁぁぁ、かっこよすぎないかしら、このイケメン。
太陽が輝く大好きなお庭で、誰よりも好きなイケメンが、私の前に跪いて結婚を請うなんてどんな贅沢な夢かしら。いや違う、これは現実だわ……っ!
イケメンのプロポーズに感動しながら、震える手を彼の手の上に乗せる。
「よろこんで」
なんとか声に出せた了承の言葉に、彼は破顔して私の手の甲に口づけを落とした。
『中ボス令嬢は、退場後の人生を謳歌する(予定)』完
【あとがき】
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
3月31日から1日も欠かさず更新してきた『中ボス令嬢』が6月12日に完結いたしました。
誤字脱字を読者の皆様のご報告により大量に駆逐できましたこと、本当に感謝しかありません、ありがとうございました。
途中で子猫を保護してバタバタしたり(現在進行形)しておりましたが、キャラクター達が暴走した割には、自分らしい終わり方ができたと納得しております。
3月31日からはじめて、まさか本当に最後まで毎日更新できるとは……!(何回も言っちゃうくらい、信じられない出来事でした)
読んでくれた皆様があってのことでした!
本当にありがとうございました。
しかしながら! まだ、やっつけ足りない人や、もうちょっと書いておきたいことがあるので、終わって早々ですが、後日談をUPしてまいりますので、もう少々お付き合いいただけるとうれしいです。
最後になりましたが
☆☆☆☆☆から評価をいただけると大変うれしいです
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ
正直に感じた気持ちで評価をいただけるとありがたいです!
よろしくお願いいたします!





