67:待ち伏せ
護衛が強化され、道中出会った魔獣も三匹だけ、それも追い払われてすぐに森に消えていったので、危なげなく馬車は進んだ。
やがて、緩やかな下り坂になると、巨大過ぎて対岸の見えない湖が現れた。
「あれが、アルデハン湖ですよ。やぁ今年も美しいなぁ」
行商のおじさんが、感慨深げに目を細めている。
水面が波打ち、日の光を受けてキラキラと輝くさまはとても幻想的でキレ……沖合をいま、巨大な魚が跳ねてたんだけど。この距離で、魚だってわかるサイズ感おかしいわよね。
「魚の魔獣だが……随分大きいな」
バウディが唸るように言った声に、思わず頷いてしまう。
「そりゃぁこれだけ広い湖ですからね。大きくもなりますよ」
楽しそうにおじさんがいう話では、魚の魔獣というのは、住んでいる場所の広さでその大きさが変わるのだという。
「だから、海に生息する魚の魔獣はもっと大きいんですよ。私も一度しか見たことがありませんけどね、あれは凄かったなぁ、客船と同じ大きさで併走する大きなイカ型の魔獣。死を覚悟しましたが、イカ型の魔獣は案外臆病なやつで、すぐに海に沈んでいきましたよ」
なるほど、そんなものなのかと感心する。
そして、山のほうが魔獣との遭遇率が高いが、海の魔獣はその大きさで、滅多に遭遇しない代わりに逢ったら死を覚悟しなきゃならないのだとか。
「陸路も海路も、一長一短がありますねぇ。さて、町まではもう少しありますから、ちょっと休ませてもらいますね」
そう言うと、抱えた荷物に頭を乗せてこてんと眠った。
「レイミも休めるときに休んだほうがいい、もたれて目をつむっておけ。寝なくても、体が休まるから」
バウディの手に頭を引き寄せられ、その言葉に甘えて目を閉じる。
本気で寝るつもりはなかったのに、馬車の揺れと安心感で町につくまで、ぐっすりと眠りこけてしまった。
よだれ出なくてよかった……。
そして、到着した馬車の停車場に、私たちを待つ人がいた。
「バウディ様、レイミ嬢、久しぶりです」
バウディを先に呼んだということは、彼もまたバウディが隣国の王位継承権を持ってることを知ってるってことね。
「カレンド先輩、お久しぶりです。……もしかして、待ってらっしゃいました?」
そう聞けば、かれこれ三日この停車場に詰めて、待っていたとの返事が返ってきた。
行き先を明言していなかったのに、よく分かったなぁ……。
そんな私の不審感が顔に出ていたんだろう、彼が言うには私たちにはビルクス殿下から見張りをつけられていたらしい。実に不本意。
「彼らが君らに追いついたのは、出発してから二日後だということだ。まさかその日のうちに出発するとは思ってもみなかったし、ビルクス様も少々焦っていたよ」
「見張りをつけるなら、そう言ってくだされば、待ちましたのに」
額に青筋を立てて微笑むと、彼は「言わなきゃよかった」という表情で視線を逸らした。
いや、チョット待てよ……二日後といえば、バウディが妙に甘ーくなったのがその頃ではなかったっけ? 新婚設定は最初からあったけど、妙にくっついてるし、絶対にひとりにならないようにされるし。
「バウディは、気づいていたの?」
「まぁ、一応は」
決まり悪そうに言う彼に、じっとりとした目を向けてしまう。教えてくれても良いんじゃないかしらぁ?
「その話はまたあとで、とにかく、領主館へきてもらいたい」
そして私たちは、そのまま領主邸に連れていかれた、マーガレット様たちも一緒に。
なんのことかまるっきりわかっていないのにも関わらず、彼らは戸惑うこともなくついてくる。
「ロークス家は、我が家の本家に当たりますから。請われたならば、なにを置いても手を貸すのは当然のことだわ」
きっぱりと言い切るマーガレット様に、大名と家臣のような主従関係を感じた。
カレンド先輩の家の馬車に乗って、町の郊外の小山の上にそびえ立つ堅牢で巨大な屋敷にたどり着いた。
小山の上にあるだけあってとても見晴らしがよく、物見台からは、ここに繋がるすべての街道を視認できるということだった。
教えてくれたのはマーガレット様で、幼い頃からなにかあってもなにもなくてもこの屋敷にちょくちょく遊びにきていて、勝手知ったる他人の家なんだと笑っていた。
「小さな頃から家で嫌なことがあると、すぐに家出してここに逃げ込む。領主様ご夫妻に気に入られているからといっても、程があるからな」
館の中を一緒に歩いていたマーガレット様の次兄であるロータス氏が、溜め息交じりにそうこぼしたが、マーガレット様はけろっとしている。
「遠からず、こちらに嫁いでくるのですから、いいではありませんか」
爆弾発言。
魔法学校を卒業したらカレンド様と結婚して、こちらで暮らすということだった。
次男であるローディ先生は王都で根を生やしてしまったので、カレンド様が次期領主である長兄の補佐として入るらしい。
先頭を歩くカレンド様も否定していないので、ウソではないんだろうが、ちょっとビックリした。
「レイミ様だって、バウディ様とご結婚なさるのでしょう?」
至極当たり前の話として言われて、咄嗟にどう反応していいか迷った隙にバウディが答える。
「そうですね、結婚が可能な年齢になり次第すぐに」
私より先にバウディが言い切ったんだけど。思わず「そうなの?」と聞き返しそうになってしまった。
いけない、いけない、突っ込み禁止。今回の旅行の設定なだけ……そんな設定だっけ? それに、設定を披露しなきゃならない相手じゃないし。
バウディの真意がわからず、マーガレット様に曖昧に微笑んで流しておく。
まずは部屋に案内された。当たり前のように、泊まることになっていて戸惑ったが、マーガレット様たちも泊まることになってるので、ありがたく厚意を受け取る。
バウディとは別々の部屋だが、ちゃんと隣り合っていてホッとした。
そして、荷物を置いて早々に、バウディと二人でカレンド先輩に呼び出された。





