64:戦略的撤退
生徒会の三名が帰ってから、すぐには購買事情が改善されなかったものの、カレンド先輩の実家であるロークス家のご厚意により、食料を分けてもらうことになり、不都合はなくなった。
母もどんな伝手なのか、自力で糸を入手してレース編みを再開していた。
やっぱり母は、手芸をしているときが一番楽しそうで、輝いている。
それから数日後、父の職場で時季外れの人事異動があったらしい。
新しい上司は、指摘した間違いをちゃんと正してくれるいい人らしいが、いい人じゃなくて普通にまともで当たり前な社会人の間違いだと思うのよ。その普通にできるってのがレアっちゃぁ、レアなのかも知れないけれど。
ともかく、父にえん罪が掛かって田舎に左遷、という未来はなくなったと思っていいだろう。
ありがとう、ベルイド様、そして宰相閣下! 早速お礼状を書いちゃったわよ、今後ともよしなにお願いします。
なにもかもが正されていくことで、安堵していた。
やっぱり、アーリエラ様たちがいっていたゲームのストーリーというのは、あくまで仮定の未来のひとつでしかなかったんだろう、なんて。
そう思っていたのに――変わらぬ未来もあるらしい。
我が家の食料品などの購入が正常に戻ったころ、予告もなしにビルクス殿下が我が家にやってきた。
「隣国から、視察がやってくる。明日の昼に到着し、翌日は王宮で晩餐会も予定されている」
殿下から伝えられた名は、バウディを自国の王太子に押し上げようとする、最も粘着質で、武力を持つ一派だということだった。
「小物では埒が明かずに、本命が出てきたようですね」
バウディが渋い顔をして言っていたので、そうなのだろう。
「ビルクス殿下、視察日程はご存じですか?」
勿論知っているとの答えはもらったが、外交上の秘密もあるので明かすことはできないと申し訳なさそうに言われてしまった。
そこは仕方ないんだから、申し訳なくなんてしなくていいのに。
第二王子殿下は案外人がいいのかもしれない、だからアーリエラ様と婚約したのかも? なんて考えながら、提案する。
「では、こういうのはいかがでしょう。私とバウディは、予てより予定していた旅行へ出発いたします。南部の――いえ、避暑ですので、涼しい北部へ向かいます」
南部と言ったところで、首を横に振られたので、北へと方向転換する。
ふふっ、真っ正面から受けて立つなんて面倒だもの。戦略的撤退で十分でしょう! まともに相手をする理由なんてないわ。
「それはいいね。海に面している南部はこの時期は混んでいるし、外国への船も多く着いて騒々しいですから」
穏やかに説明してくれる殿下に頷く。
なるほど、陸路ではなく海路で来るのか、それじゃぁ鉢合わせする可能性のある海のある南部方面は駄目だわ。
「さて、そろそろ失礼いたしますね。よい旅を」
「ありがとうございます」
バウディと一緒に殿下を見送った。
「さて、逃げることになったけど、いいかしら?」
事後承諾になってしまったけれど、確認するようにバウディを見上げれば、彼は飄々とした笑みで私を見下ろした。
「逃げる、じゃなくて、旅行だろう? 旦那様も以前言っていたじゃないか、見聞を広げるのに、旅をするのもいいって」
「そうね! じゃぁ、早速今日中に出るわよ。お金をおろしてこなくてはね」
言いながら部屋に入ると、ニコニコした母が革袋を手に立っていた。
「ふふっ、お金は用意してあるから、これをお使いなさい。予め予定していたなら、いまからおろすのは不自然だもの」
ずしっとしたソレを、母はバウディに渡す。
一体おいくら万円入っているんだろう……。
「ありがとうございます、お母様。戻ってから、お返しいたしますね」
「気にしなくても大丈夫よ、これはお母様のへそくりですから。ふふっ、旅行にいく娘に、お小遣いを渡すくらいの甲斐性はありますよ」
ニッコリ笑って言い切る母、超カッコイイ。
「お嬢様、荷物の準備もできましたよ」
ボラがスーツケースを持ってきた。
ええと、手際がよすぎやしませんか?
「ほら、バウディ。あなたも早く用意していらっしゃい」
母に追い立てられ、バウディがリビングを出ていく。
バウディの準備を待つ間、ボラに荷物の説明を受け足りない物を大急ぎで詰め込んで、それから母と二人きりになった。
ソファに隣り合って座り、母が私の手を取る。
「レイミ、体に気をつけるのですよ。あなたの身体強化は、まだまだ完全ではありませんし、義足への強化とてまだ初歩なのですから、自分の力を過信してはいけませんからね」
母よ……あなたの目指す身体強化は、どの水準なんですか……。
帰ってきたら聞いてみよう、いまは水を差す雰囲気じゃない。
「はい、肝に銘じておきます」
「それと、バウディも殿方ですよ?」
え、え? なぜ疑問形?
真剣な表情の母の勢いに飲まれて、一応頷く。
「好き合っている同士とはいえ、まだ魔法学校からの裁定は出ていないのです。いまはまだ、軽はずみな行動を取らないようにね?」
あ……あばばばばっ!
こ、これは、恥ずかしいやつだぁ……っ。
顔が勝手に熱くなり返事ができない私を見て、母が笑いながら部屋のドアを開けた。
「……準備が整いました」
丁度ドアの外にいたバウディに、母がニッコリと笑いかける。
「ふふふっ、娘をよろしくお願いしますね」
「はい」
神妙に頷いた様子を見るに、これはあれだ……聞こえてたな?
いたたまれない気分のまま、バウディを急かして家を出る。
「お父様には私から伝えておきますから、楽しんでいらっしゃいね」
「はい、いってまいります」
母とボラに見送られ、私はバウディと共に旅に出た。
準備もなにもしておらず、行き当たりばったりの旅だけれど、隣に彼がいてくれるだけで不思議と不安はなかった。
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