63.5:水面下
レイミ・コングレードが書類を取りに部屋を出てすぐに、第二王子であるビルクスが立ち上がりバウディのそばへ近づいた。
「それで、あなたは今後どうするおつもりですか」
長身のバウディを見上げるようにして、静かに聞く。
「どうする、とおっしゃいますと? いや、無駄な問答は不要ですね。私は、彼女と共にあれさえすればいいのです。身の丈に合わぬ野望は持っておりませんし、こちらの国に迷惑を掛けるつもりもありませんよ」
ビルクスに対して対等に会話している使用人であるバウディに、カレンドとベルイドが内心首を傾げるものの、二人の雰囲気に飲まれて口を挟むことはできなかった。
レイミと共にあることを選んだと明言したバウディに、ビルクスは探るような視線を向ける。
その視線を受けて、苦笑して言葉を足した。
「兄とは、不仲ではないのですよ。久しく疎遠ではありましたが、最近連絡を取り合うようになりまして、手を取り合って害虫駆除するくらいには、お互いを信頼しております」
「なるほど、よい関係でらっしゃるのですね」
納得した風なビルクスに、バウディは小さく笑って頷く。
利害関係があればこその仲だ。
接触してきた害虫……という名の、バウディを擁立しようと考えている派閥の情報を送り、見返りにいくらかの伝手を借りる。
「我が国も、あなたたち兄弟のように、手を取り合っていきたいものです。願わくば、いままで通りに」
「あちらも同じように思っていると思いますよ」
バウディの故国とこの国は、接している面が少ないせいか、昔からつかず離れずの距離感で付き合ってきた。
今後も、同じようにつかず離れずいたい……間違っても、薄いノートの内容のように、バウディが王位を簒奪するためのバックアップをこの国でするような、深い関係は双方望んでいないことを確認し合う。
「それはよかった。もし必要があれば、声を掛けてください」
欲しい答えを得られたビルクスは、ホッとしたように表情を緩める。
「ありがとうございます。ただ……この家に不当な干渉をする者がいるのは、正直腹立たしいので、そちらで処分していただけると嬉しいのですが」
「勿論ですとも。道理に適わぬ者は、相応に罰を受けるでしょう。ご安心ください、国民を守るのは当然のことですから」
バウディがこの国に属する限り保護するとの確約に、バウディは一応の納得を示した。
夏期休暇で人の気配のない魔法学校の、防音に定評のある生徒会室に三人が集まっていた。
「祖父にも手を貸してもらったが、公爵家は真っ黒だった」
宰相の孫であるベルイドはそう言いながら、用意していた資料をビルクスに渡した。
「宰相閣下はなにかおっしゃっていたか?」
カレンドの言葉に、ベルイドはなんともいえない微妙な顔になる。
「それが、今まで狡猾に潜んでいたのに、ここにきて随分稚拙な動きをすると、もしかするとこれは罠ではないかとも疑っていたが」
「罠……なるほどな、あり得そうだ」
カレンドが納得するが、ベルイドから渡された書類に目を通していたビルクスは、緩く笑みをつくる。
「一応警戒はしてはおくが、杞憂ではないかな。時期的に見て、アーリエラ嬢が精神魔法の本を入手したあとだろう」
彼女がなにか稚拙な行動を起こしたのだと考えるのが妥当だと、ビルクスは考えていた。
資料を捲っていたカレンドの目が、細く厳しくなる。
「王都の物流の大半に関わっているとは……。確か、そんなことにならぬよう、取り決めがされていたのではなかったのか?」
一部の家に力が偏らないように、条例がありそれは遵守されているはずなのだが。
「例の高利貸しが絡んでいるようだ。物流に関わる貴族に金を貸し、結果的に自分の支配下に置いている。表に名前こそ出てこないが、確実に手綱を握られている」
ベルイドは真面目な顔でそう言ってから、にんまりと口の端をあげた。
「勿論、許可のない金貸しは違法だ。とはいえ、貸した金を棒引きにするのも遺恨が残る。だから、元金のみの回収を認めることにするらしい」
「それはまた、温情が過ぎやしないか?」
宰相の決定だろうが、生ぬるさを感じてカレンドが眉を寄せる。
「そうだな。だがそれはそれとして、その事業から出た収益は申告されていなかったし、違法な行為でもある、よって、未申告分の収益には通常の三倍の税を掛けることになった」
貴族への貸し付けなどかなりの額に違いなく、恐ろしい金額の追徴課税は免れないことがわかる。それこそ、家を傾ける程のものになり得る。
そして、ビルクスも顛末を補足した。
「残念だけれどね、我が国の公爵家がひとつ減ることになったよ。まぁ、よい機会だったかも知れない。最近は、色々と弛んでいたから、いい気付け薬になると、父も満足そうだよ」
国王陛下直々の沙汰により、爵位が下がることがつい先日確定し、内々に公爵へ伝えられていた。
その判断には、王妃からの耳打ちも、少なからず影響していたかも知れない。
「では、アーリエラ嬢との婚約は?」
「それは、白紙に戻すよ。まだ内示の段階だったからね、大々的に公表する前でよかった、彼女にとっても瑕疵にならずに済むしね」
穏やかに言うビルクスだが、本来内示の期間など二ヶ月ほどですぐに公的にお披露目するものを、学生であることを理由に長い期間そのままにしていたのは……もしかすると彼は、婚約に納得していなかったのではないかと、二人は思った。――野暮なので、とても聞けぬが。
そして、武者震いに彼らは震える。
これから、王国で幅をきかせていた公爵家の転落劇がはじまるのだ。





