63:生徒会役員の訪問
そして、魔法学校からの手紙を持った生徒会役員の三名と対峙する。
先方の希望で、母は挨拶だけして、部屋には私とバウディだけ残ったんだけど。……チョット待って、その内一人は王族なんだけれどもいいの? こんな気軽に、民家を訪問しちゃって。
私の戸惑いに気づいたビルクス殿下が、ニッコリと笑う。
「この制服を着ているあいだは、ただの学生ですから」
ないない、そんな言い訳通じるはずない。もしものことを考えたら、恐ろし過ぎる。
「レイミ嬢、彼は魔導具でガチガチに固めているから、大丈夫だ」
カレンド先輩がそう言うが、その表情には疲れの陰が見える。
そしてベルイド様は、なにを考えているのかわからないポーカーフェイスで話を進めだした。
「急な訪問で申し訳ない。先日の件についての、聞き取りをさせていただきたいのだが」
「聞き取り、ですか。それは生徒会としてのものでしょうか」
普通は学校側で調査をするものだと思うんだけれど、生徒会の権限のほうが強かったりするんだろうか。それとも、他になにか……。
「生徒会として、かな。すこし不穏な話を耳にすることがあってね」
ビルクス殿下が含みのあることを言う。
不穏とは……どれのことだろう、ミュール様の中和魔法も不穏といえば不穏だし、アーリエラ様の精神魔法はピカイチに不穏、ビルクス殿下がらみとなるとアーリエラ様のほうかな。
「実はあの日の前日、数名の生徒が密談しているのを聞いてね。彼らは、君を階段から突き落とすという話をしていて、そして、禁術ともいえる魔法についても言及していた」
ああああなるほど、ミュール様とアーリエラ様が学校で密談してるのを聞いたわけだ。
不用意といえば不用意だが、あの二人ならばやらかしそうだと納得もできてしまう。
「驚かないということは、心当たりはあるようですね」
カレンド先輩がしっかりと私を見て言った。
「そうですね。実際、私はミュール・ハーティ様に階段から落とされ、アーリエラ様が精神魔法を習得したことを知っておりますから」
そういえば、アーリエラ様とここにいる第二王子殿下は内々に婚約したのではなかったっけ?
思わずビルクス殿下を見たが、彼の表情にはなんの陰りもなかった。
「ああ、私のことは気にしなくていいよ。彼らの密談を聞いてから、すぐに禁書庫を確認したが、確かにあるべきものがなくなっていたし、手のものに探らせて、彼女がその本を持っていることも既に掴んでいる」
素早いな、王子様。
そして、持ち物も把握されたりするんだね。メイドとかにスパイを仕込んだとかかな? それとも……公爵家に日常的にスパイを潜ませてるとか? だとしたら、王家怖いわぁ。予想が外れていることを、祈ろう。
「多少怠惰なただの令嬢であれば、許容もできたが。出してはならぬものに手を出す、理性の欠如を看過するわけにはいかぬ」
穏やかな声でそう断言した彼は、やはり立派に王族だなと思う。アーリエラ様の薄いノートの中では、少々恋愛脳に見えたけれど、あれはやはり創作物なんだな。
それにしても……せめて並の令嬢なら結婚できたけれど、ってことか。
毒にも薬にもならなければ、問題なく殿下と結婚できていたのに……。少しだけ、アーリエラ様が哀れに思えた。
だが、哀れだろうとなんだろうと、やらかしたことの罪は償って貰わないとね。
「では、ビルクス殿下。こちらをお読みいただけますか」
私は持ってきていた、立派な装丁の薄いノートを彼に差し出した。
「これは?」
「私がアーリエラ様から、学校に入る前にいただいた、手記でございます」
パラパラとページをめくっていた殿下が、真剣な表情になって読み進めるのを見て、カレンド先輩が首を傾げる。
「レイミ嬢、一体なにが書かれているんだ?」
「ある意味……預言書のようなものでしょうか。起こりうる未来について書かれておりますが、かならずしもそうなるとは限らないようです」
預言書って、うまいこと言ったね私。
異世界のゲームのストーリーですなんて、言えないもんね。
「預言書? アーリエラ嬢が書いたのか?」
ベルイド様が怪訝な顔をする。それはそうだよね、彼女は予言をしそうな雰囲気がないもの。
「ベルイド、あとで二人にも読んでもらう。レイミ嬢これは確かに彼女の筆跡だが、なぜ彼女はこれをあなたに?」
半ば以上読んだノートから目を離して私を見る殿下を、まっすぐに見返す。
「アーリエラ様は、同じく『悪役』となるはずの私と協力し、なんとか無事に学校を卒業しようとお考えでした」
「ならばなぜ、あのようなことを? 途中で君との協力関係を解消するなにかがあったのだろうか?」
「そうですね、私よりもミュール様と手を組んだほうがよいと、アーリエラ様が判断されたからだと思います。因みに、ミュール・ハーティ様がそちらに書かれている『ヒロインちゃん』であり、彼女もまた、この手記と同じ未来を知っているそうです」
彼の顔が苦くゆがんだ。
いつも穏やかな表情なだけに、どれだけ苦々しく思っているのかが知れるわね。
「これを、君はどう思う?」
固い表紙をノックするように叩いてこちらを見る目は、怖いほど鋭い。
さ、さすが王族よね、うん。
「先程も言いましたように、『起こりうる未来』であると考えます」
「……そうか」
それだけ言うと、読みかけだったそれを凄い勢いで捲り、あっという間に最後まで読み終えた。
それから、私のうしろに立つバウディを見上げ、その視線を私に戻した。
「君が確信する理由は、うしろのお方があるからかな」
「はい。俄には信じられないでしょうが」
私の言葉に「確かに、信じがたいな」と疲れたように頷いた。
「私のことはどうぞお気になさらずに。それよりもひとつ発言を、よろしいでしょうか」
私のうしろに控えていたバウディがそう願い出ると、殿下は快く彼の発言を許した。
バウディが訴えたのは、我が家に対して市中の店が取引を行わなくなったということだった。そして、それを行っているのはアーリエラ様だとの推測をつけた。
「食料品だけでなく、衣料品、その他もか……」
買い出しの際にバウディが調べてくれたらしく、どこの店までがというのを、いま知った。
貴族が使う店はほぼすべて押さえられているといって過言ではない、調べが付かなかったのは、休業している店だけだ。
「ブレヒスト家が手を回しているにしたって、品目が多岐に渡っている。そこまでブレヒスト家の息が掛かっているというのは、どういうことだ」
ベルイド様の表情が険しくなる。
「すこし調べましたところ、どうやら大なり小なり、ブレヒスト家から融資を受けているようです。そうでなくとも、あの大貴族を敵に回したくはないのでしょう」
バウディの言葉に、ベルイド様は更に深刻な表情になった。
「融資だと……? 我が国の高利貸しは登録制であり、大貴族は登録できないようになっているはずなのに」
ヤミ金ってことですかね。
でも、あまりに多くの店が該当しすぎてる、もしかすると無理矢理押し貸しとかをしてるのかも知れない。
「どういう話になっているのかはわかりかねますが。私が調べた範囲ですと、そういった背景があるようでした」
しれっと言ってるけど、昨日の今日でどうやって調べたの?
とりあえず、あとでバウディに聞いておこうかな。
「持ち帰り、詳細を確認いたします」
むしろ、いますぐ帰って調べたそうな顔をしてらっしゃいますね、宰相閣下のお孫さん。楽しそうに見えるのは、気のせいかしら。
「精神魔法に、市場の独占、違法な高利貸し……」
薄いノートの中では罪が明記されていたわけではないが、公爵家が国を揺るがす悪事に手を染めており、そのことでアーリエラ様共々断罪されると書いてあったのよね。
なんだか、前倒しで悪事が明るみになってる気がしないでもない。
……そうか、我が家の悪事(※えん罪)も、そろそろ明るみになる頃合いか!
それならば、アレも出してしまったほうがいいかも知れない。
「もう一つ見ていただきたいものがあるのですが」
私がそう言うと、カレンド先輩がどうせだから全部出すといいと言ってくれたので、三人に断って部屋に資料を取りに行く。
バウディはベルイド様に引き留められて、詳しいことを聞き取りされている。
部屋に戻り、机の引き出しから書類の束を引っ張り出した。
父の仕事を手伝うときに作っていた、閻魔帳だ。悪意ある書類を提出してくる常習犯共をまとめてある。
いち学生である彼らに渡したとしても、もしかしたらどうにもならないかも知れないけれど、私の持つ一番強いコネクションは彼らだから、これでどうにもならないなら諦めがつく。
両手で紙束を握りしめ、覚悟を決めて部屋を出た。
それからの話はトントン拍子で、用意した書類もベルイド様が預かってくれ、イイ笑顔で宰相である祖父が喜んで有効利用するでしょう、と請け負ってくれた。
「さて、では本日いただいた有用な資料、悪いようにはしないことを約束します」
ビルクス殿下が笑顔でそう言った。
それって、アーリエラ様を切り捨てるってことになるだろうけれど、彼はいつもと変わらない穏やかさで言い切った。
婚約者同士というのは、概ね利害関係で成り立っているんだろうな、っていうのは実感としてある。
貴族というのはやはり、個人ではなく家同士のつながりなんだ。
それについて一抹の虚しさを感じるのは、私のそばにバウディがいてくれるからなんだろうな――なんて言いつつ、私もついこの間まで、腹がねじ切れる程嫌いな相手が婚約者だったな。もう忘れておこう。
三人を見送りに出たとき、母がビルクス殿下に手紙を預けていた。
「承知いたしました、母へ渡しておきます」
「ふふっ、よろしくお願いいたしますね」
母、え、ちょ……殿下にそんなこと頼んでいいの? え、いいの?
殿下も殿下で、嫌な顔ひとつせずに受け取ってるけど。
唖然としたままお見送りしてしまった私に、母は家に戻りながら種明かしをするように教えてくれた。
曰く、学生時代から王妃殿下の友人で、王妃殿下が結婚した際にはお付きの侍女としてお城に上がっていたとか。
そして、お城で働く父と恋仲になり結婚。貴族には珍しい、恋愛結婚だということもはじめて知った。
「レイミも頑張ってくれているから、母も頑張らなくてはね」
うふふと微笑む母に、頼もしさを感じた。





