61:両親への報告
なぜかキスのあとに、口の中の傷も口の端の傷も治っていた。
そういえば、強化魔法の延長で傷や簡単な骨折なら治せるとかなんとか、聞いたことがある気がする。
私がなにかしたわけじゃないから、キスをしながらバウディが……? だとすれば、随分器用よね。
ドキドキしすぎてて、治されてるなんてわからなかったわよ。
さて、これから目の前にいる両親への報告だ、気が重い。
私の頬を見てオロオロした父を落ち着かせてから、魔法学校で起きたことをやんわりと、マイルドに端折って説明した。
「――ということで、前期を以て魔法学校を辞める運びになりました。それに付随しまして、シーランド・サーシェル様との婚約もなくなりました。本人がきっぱりと明言してくださいましたし、証人も多くおりますから揺るがないかと思います」
むしろ婚約の解消が一番の重要事項だ、だって悲願だもの。
「サーシェル様との婚約がなくなったことは、おめでたいわね。ただ、あなた、わかっているの? 魔法学校を卒業しないということは、貴族としての籍がなくなるということですよ?」
呆然としている父に代わり、母が話を進めてくれる。
母もヤツとの婚約解消は大賛成なのね、おめでたいとまで言ってもらえて安心した。
「承知いたしております。お父様、お母様には申し訳ありませんが」
「私たちのことはいいのよ、あなたが後悔しないならば」
まっすぐに私を見る母を見返して、力強く頷く。
「後悔はいたしません」
「ならばいいでしょう。ね、あなた?」
母に話を振られて、父がビクッとしてから小刻みに頷いて私をしっかりと見た。
「ああ、もちろんだ。レイミが決めたことならば、親として、認め、支えよう」
きっぱりと言い切った父の覚悟に、胸を打たれてしまう。
いつもは少し頼りない父なのに、いまはとても誇らしい。
「ありがとうございます、お父様、お母様」
心からの言葉に、両親は私を安心させるように微笑んでくれた。
そして翌日、サーシェル家の家紋が入った一枚の封書が我が家に届く。
「我が家の瑕疵により、婚約を取り消すとの一方的な通知だ」
文書に目を通した父が、苦々しく言い捨てた。
サーシェル家の家紋の入ったその封筒で、内容はわかっていたけれど、こちらの瑕疵ってぇのは……まぁ、婚約が無くなるなら、多少の言い回しには目を瞑るしかないか。
「内容はともかくとして、よかったわね、レイミ」
母もこちらの瑕疵という部分に納得はしていないようだけれど、ともかく縁が切れたのが嬉しいのは同感らしい。
「はい。あ、でも、こちらの瑕疵ということは、なにか請求されたりということはあるのでしょうか?」
心配になって父に尋ねると、それは書かれていないし、事実上口約束しかされていなかったのだから、賠償などないだろうということだった。
「向こうから一方的に押しつけて、こんな手紙一枚で一方的に解消するなんて、馬鹿にしているにも程がある、こちらから抗議してもおかしくはないんだぞ」
「そのような手間を掛けるだけ、労力が勿体ないです。こちらからも、喜んで了承する旨をお返事いたしましょう」
満面の笑顔で提案すれば、渋々と承諾される。
両親は私一人くらいいくらでも養っていくと言ってくれたけれど、私の強い希望で市井での生活を望んだ。
一人娘だし大事にしたいのはわかる、だけど、箱入りのままでいるのはいやだし、両親亡きあとのことを考えると、独り立ちは必要だと思うの。
いつか私が消えるかも知れないけれど、私の経験と知識が残るはずだから、きっと大丈夫だと思う。バウディも、支えてくれるに違いないし。
だが、両親も簡単には引かず、とりあえず魔法学校の除籍が確認できるのを待ってから考えようということになった。
「そう慌てることもないだろう。若いのだから、ゆっくり……そうだ、一度、はねを伸ばして旅行をするのもいいんじゃないか? 旅で得る経験というのもあるものだよ。私も若いころは、色々旅をしたものだが、いいものだよ」
旅行! 父の言葉に思わず目が輝く。
旅行の費用は、ボンドから入金されてくる技術の利用料があるので、心配する必要はないらしい。
となれば、本当に旅行に行くのもいいかもしれない。
旅行好きというわけではないれけど、この世界を見て、見聞を広げるのはアリだと思うのよね。ほら、まだ十五歳なわけだし。
「そういえば、新しい義足の問題点が解消されたから、一度工房に来て欲しいとボンドが言っていたよ」
三段ロッドを入れた状態で強化魔法を義足に使うと、電撃が反応してしまうという不具合が発見されて、それの改良をしてくれてるのだったけれど、すっかり忘れてた。
とうとうロマンの産物を実装できるのね!
「では早速明日にでもいってまいります」
「ああ、午前中なら間違いなく工房にいるそうだから、いっておいで」
父の言葉に頷いて、翌日は朝から、バウディと一緒にボンドの工房にお邪魔して、新しい義足を受け取った。というか、そのままそこで装着した。
先にバウディが強化魔法を使って、ロッドから火花が出ないことを確認してくれた。
いそいそと新しい義足をつけて、二人の前に出る。
「確かに、こちらのほうが重さはありますが、バランスとか安定性は高く感じますね」
新しい義足で工房のなかを軽く歩き回ってから、ボンドの用意した椅子に座る。
「そうだろう、そうだろう。それでだな、ロッドの出し方だが、ふくらはぎの横にあるこれをスライドさせると、ここが開く。あとはすこしねじりながら引き抜けば、取れるようになっている。戻すときも、すこしねじるようにしながら入れるんだ」
言われた手順で義足を開き、なかからロッドを取り出し、すぐに元に戻す。というのを数回繰り返して慣れてから、取り出したロッドを伸ばして見た。
小さなボタンを押せば、バネの力で三段分先が伸びる。
「素敵だわ、思った以上になめらかに伸びるし、握りも丁度いいわ」
滑り止めの貼られたグリップを数度握りしめて、その手応えを見る。
「伸ばした状態で魔力を通して見てくれ」
言われたとおりにすると、一瞬ロッドから静電気がパチパチとはじけた。
「静電気が出ない程度に魔力を抑えることはできるか? ああそうだ、そのくらいでも、ちゃんと相手に効果はある。静電気が出るくらい魔力を流しちまうと、相手を昏倒させるくらいの威力になっとるから気をつけるんじゃぞ」
まさにスタンガンですね、素敵。
どの程度の治安なのかはわからないけれど、よくない場所はよくないだろうから、護身は大事よね。貴族じゃなくなるなら余計に。
「ありがとうございます。とても素晴らしい出来ですわ」
「なに、コレも技術登録をしておいたさ。それよりもだ、おたくの旦那、なにかやらかしたのかい?」
ボンドの問いかけで、我が家が窮地に立たされていることを知ることになった。
ストックが切れました。(涙目)
今後は本気の自転車操業になりますので、誤字脱字報告どうぞよろしくお願い申し上げます。(土下座)





