54:覚えのある手段ですね
最近なんだか、教室に居づらい。
クラスに馴染む努力をしてこなかった自業自得もあるとは思うが、ここ数日の居心地の悪さは何なんだろう。
なんだかわからない居心地の悪さを抱えながらも慌ただしく日々が過ぎ、明日で前期が終わるこの日になって、彼女が行動を起こしてきた。
「ミュール様、シュレイン先生から、課題を提出してほしいと言付かっております。今日の帰りにでも、提出をなさってくださいね」
たまたま会ったシュレイン先生からの伝言を、教室で友人たちとおしゃべりをしていた彼女に伝えた私に、彼女はビクッと大袈裟に体をすくめ、目に涙をためて私を見上げてきた。
「わ、わかっていますっ、でも、どうしても終わらなくって……っ」
私に言われても困る。
「それならばそうと、先生にお伝えください」
思わずむっとしてしまったのが悪かった、彼女はさらにおびえたように体を縮めた。
「ご、ごめんなさいっ! わたし、そんなに悪いことだなんて思わなくってっ、レイミさんがこんなに怒るなんて、本当に、なんてことしてしまったのかしらっ、ごめんなさいっ!」
大きな声で、さらには涙まで流す彼女に、やっと気づいた――彼女がやろうとしてることに。
私がいじめてるってことを、アピールしたいのね?
でもいまの会話は、他のクラスメイトも見てるんだから、うん、まだ、大丈夫よね。
私は困ったような微笑みを浮かべて、首を傾げる。
「私は怒っておりませんよ。それよりも、課題の提出をお願いいたしますね」
よし、言うべきことは言った、さっさと離れよう――とした私の腕を彼女が掴んで、勢いよく立ち上がった。
「レイミさんは、シュレイン先生と仲が良いから……っ! ううん、わかってるの、わたしが悪いんだものね……本当に、ごめんなさいっ!」
私の腕を掴んだままの彼女が、勢いよく深々と頭を下げた。
いや、ちょっと、意味がわからないんだけど。それに、地味に腕が痛いし、そもそも触られたくないんですけれども。
なるべく右腕に魔力が行かないようにしながら、彼女の握力に耐える。
「レイミ様っ、ミュールさんがここまで謝っているのに、許してさしあげないのですか?」
彼女の友人その一が立ち上がって、私を睨んできた。
同じようにその二も、頬を紅色させて立ち上がる。
「そうですわ。それに、陰でコソコソ悪口を言ったり、お家の事情を貶したりしてるんですよねっ。そんな方だとは、知りませんでした」
私も知りませんでした。
だが、ひとつわかることがある。これはあれだ、学生時代同級生に居た、標的の悪事を捏造して、自分を可哀想な子に仕立てて周囲からの同情を得るやつだ。
懐かしいなぁ、そうくるか。
でもね、それが効くのは、ターゲットがそのコミュニティから外れたくない場合だけよ?
私はねぇ、もう腹ぁ括ってんのよ。
掴まれていた手を振りほどき、ニッコリと笑う。
「私、悪口を言うのでしたら、本人に直接言いますわよ。そうですわね、あなた」
私よりも小柄な友人その二にヒタリと視線を合わせ、その胸に人差し指を当てる。
「私が誰に、陰でコソコソ悪口を言ったのか教えていただけます? その相手のお名前をどうぞ教えてくださいな。皆様もご存じのとおり、私は目立つでしょう? コソコソなんて、できるはずないではありませんか」
手を握りしめて涙を浮かべる悪意に耐性のない彼女に、これ見よがしに微笑みかける。
「第一、私、ミュール様にこれっぽっちも関心がありませんもの。わざわざ悪口を吹聴などしませんわ。あと、あなた」
眼中に無いんだよと言い切ってから、友人その一に顔を向ける。
「私に謝罪をしろとおっしゃいましたけれど、あの流れで、何に対して謝罪をすればいいのでしょう? 私は先生の伝言をお伝えしただけですわよね、それに対してミュール様が泣いて言い訳をなさった、それだけでしょう? それにミュール様、言い訳をする相手を間違えていらっしゃいますわよ? 自分が悪いとおっしゃってましたけれど、本当に悪いと思っているのでしたら、提出を忘れないような対策を取るものでしょう? もう何度も課題の提出を忘れているのを知っておりますわよ。自分で成すべきこともしないで、泣けば済むとでも誤解していらっしゃるのかしら。あなたたちもご友人でしたら、彼女が課題を忘れていないか確認して差し上げればいいのではありませんか? 友人だと思っているなら、ですけれども」
「ひどいっ!」
甲高い叫び声と共に私の両肩をドンッと強く押して、ミュール様が教室を飛び出していった。
中和魔法と共に押され、為す術もなく後ろに倒れていく私を、力強い腕が支えてくれた。
「あなたたち、お友達なら、泣いてる友人を放っておいていいのかしら? 探しにいってあげてはいかが?」
きっぱりとした声がミュール様の友人一と二に掛かると、その声に押されるように、二人とも戸惑いのままミュール様を探しに教室を出て行った。
「マーガレット様、ありがとうございます」
身体強化をして私を支えてくれている彼女にお礼を言う。
やだ、本当にイケメン。
「楽しそうにしていたから、声を掛けそびれてしまったわ。でも、あまり無茶をするものではないわよ」
彼女の腕から起き上がると、彼女は煽りすぎだと注意してくる。
うん、煽った自覚はあるから、反省。
「それにしても、いつにも増して空気が悪いわね」
スンと鼻を鳴らした彼女が、教室内を見回した。
空気の悪さはきっと、私に向けられている敵意混じりの視線のせいだと思うんだけどな。
「レイミ様、ねっとりした嫌な感じ……わかります?」
教室を見ていた彼女が、私に顔を向けて小声で問いかけてきた。
ねっとりした嫌な感じというのがわからずに、首を横に振る。
「そう? いまは一段と強いですけれど――ああ、身体強化を解いたら、すこしはマシだわ」
そう言われて、ミュール様の影響を受けないように、いつも最小限に巡らせている魔力を戻し、身体強化をしてみる。
「――っ! これは……っ」
彼女の言うようにねっとりとまとわりつく魔力の感覚に、怖気が立った。
私の様子に頷いた彼女に促されて帰り支度をして、廊下に出ると嫌な感覚が薄れる。
「魔力を内に込めると、ほとんど感じませんね。身体強化のように、強力に循環させてしまうと、強く感じるようです。レイミ様は、いままで気づきませんでしたか?」
「ええ、なるべく魔力は内にとどめるようにしていますので。それで、あの気持ち悪さは一体なんなのでしょう?」
私の疑問に、彼女は首を傾げる。
「さぁ? レイミ様にもわからなければ、私にもわかりません。明後日からの休みの間に、解消されるのではないかなと、楽観視しておりますけれども」
あっけらかんと言った彼女は、用事があるからと朗らかに挨拶をして帰宅していった。
楽観視、していていいのかしら……ねぇ。
明日が運命の日なのに、どうしてこう面倒ごとが起きるのかしら。
「明日は、特大級のご迷惑をおかけするものね。最後の孝行に、お伝えしておきましょうか」
溜め息を吐いて、職員室に足を向けた。
のっぴきならない事態が発生しました。
生後間もない仔猫を保護することになりまして
ミルクが当分の間2~3時間おきとかいうおはなしでして……(大丈夫なのか自分。。。)
ストックも残り数話しかなく、今後もしかすると、毎日更新はできなくなるかもしれないことを、あらかじめお詫びいたします、すみません。
ちなみに、仔猫の様子はTwitter(@koru_kk)にあげておりますので、興味がある方はフォローお願いいたします。





