51:お手紙
書くのがよっぽど嫌だったのか、あれから四日経って、やっとアーリエラ様からお手紙を預かることができた。
その間のミュール様はいつも通り、元気いっぱい学校生活をエンジョイしていた。
いつも笑顔だし、誰にでも気安く声を掛けて、クラスのムードメーカーになっている。時折いないのは、きっとB組に突撃してるんだと思う。
私は自分の勉強で手一杯だから、友達と呼べるようなクラスメイトはいない。どうせ前期で辞めちゃうし、って考えてるせいかもしれないけど。
この調子で、何事もなく学校生活ができればいいのになと、切に思うのよ。
さて、移動教室から戻って机に置かれていたお手紙なんだけれど。
「……ハート型ね」
ガラスでできた眠り猫をよけて取り上げたのは、懐かしくもハートの形に折られたお手紙だった。
どうした、公爵令嬢……随分と可愛らしいなぁ。
ただこれって、私、読もうと思ったら読めちゃうのよね、封をしてるわけじゃないから。
理性と好奇心の葛藤の末に、開かずにミュール様に渡すことにした。よく頑張った、理性。
そして、渡すタイミングに悩む。
机の上に置いておけばいいのか、いや、責任をもって手渡しか……。手渡しだよねぇ、アーリエラ様に宣言しちゃってるし。
ミュール様の鞄がまだ残っている。
今日は都合よく、彼女はまだ校内に居るようだ。
もしかしたら生徒会の仕事をしているのかも知れないので、クラスメイトが帰るなか、授業の復習をすべく教科書を開く。
誰もいなくなった教室でしばらく待っていると、廊下を走る音が聞こえた。
見つかったら怒られるのに、彼女は性懲りもなく廊下を走る。今日の午前中もローディ先生に注意されてたのに、懲りない人だな。
鞄に教科書を戻し、席を立って彼女の席へと向かう。
当初は早い者勝ちだった席順だったが、その後ローディ先生の指示で固定されるようになったため、彼女の席は前で、私はうしろだ。
「よーっし、着々と好感度あがってるぞー、この調子で頑張ろう! エイエイオー!」
元気に片手を上げて突き上げながら教室に入ってきたミュール様を、ガン見してしまった。
彼女も、腕を突き上げた格好で固まっている。
み、見なかったことにしたほうがいいかな?
恥ずかしそうに頬を赤くして、そっと手を下ろしてるもんね。
「あの、ミュール様。アーリエラ様から、お手紙を預かっているのですけれど、受け取っていただけますか?」
とりあえず見なかったことにして、ハートに折られた手紙を彼女に差し出した。
「アーリエラさんから? えっと、レイミさんって、やっぱり、アーリエラさんと仲良しなの?」
怪訝な顔をしながらも手紙を受け取ってくれたので、肩の荷が下りた。
それにしても、仲良し、ねぇ?
「ご挨拶はさせていただきますけれど、あちらは公爵家のご令嬢ですから、我が家などではとても、親しくさせていただけるような立場ではございませんわ」
微苦笑を作って、そう伝える。
あれだよ? 君ん家はウチよりも家格が下なんだから、控えなさいよっていう意味だからね?
「ふぅーん? そういうもんなんだ?」
気のなさそうな返事をしながら、迷いのない手つきで手紙を開いた彼女は、文面を見て目を瞬かせたあと、食い入るように手紙を読んでいる。
「それでは、お届けいたしましたから、失礼しますね。ごきげんよ――」
笑顔で会釈をして、フェードアウトしようとした腕を掴まれる。
「待って! ちょっと、待って。レイミさんは、コレ読んだ?」
手紙を示す彼女に、首を横に振って否定する。
「いいえ、他の人宛の手紙を読むような、無粋はいたしませんわ」
「ああ、そう……。それでさ、あなたもここが、ゲームの世界だって知ってるんだよね?」
アーリエラ様もそうだけど、この人も直球。
仕方なく彼女に向き合う。
「アーリエラ様から聞き及んでおります。ミュール様がヒロインちゃんであること、私とアーリエラ様が敵方であることなどですが」
私の言葉に彼女の表情がぱぁっと明るくなる。
「やっぱり! おかしいと思ったのよ。だって、全然違うんだもん、レイミさんは車椅子じゃないし、アーリエラ様はB組だし」
腕組をして、ウンウンと頷く彼女。
「B組なのが、おかしいのですか?」
「そりゃそうよ、A組を掌握してなんぼじゃない」
初耳でゴザイマス。
ということは、アーリエラ様も彼女なりにゲームとの誤差を作っていたのね。なにもしてないとか思っててごめん。
……もしかしたら、素でB組になったのかもしれないけど。
「そうなんですね。でしたら、あの……この世界が、お二人の知っている世界とは別である可能性は――」
「無いわ! 絶対、ここは、ゲームの世界よっ!」
私の言葉を遮った彼女の勢いに、たじろいでしまった。
鼻息も荒いな、綺麗なお嬢さんなのに。
「そう、なんですね。ですが、私はできれば死にたくありませんし、それにミュール様をいじめたくないので、ゲームに準ずるつもりはありません」
きっぱりと言い切る。
ここは引けねぇからな!
その時の彼女の顔といったら……。ヒロインの顔じゃねぇぇぇ。
彼女の顔に私がドン引きしている間に、気を取り直したらしい彼女は、盛大に溜め息を吐き出した。
「そりゃそうよね。わたしでも死ぬルートは回避するわ」
髪をかきむしるような雰囲気で、吐き捨てるように言った。
わかっていただけてなによりですなんて安堵した私とは対照的に、彼女は疲れたように椅子に座る。
「はーっ……。ねぇ、ちょっと座ってよ、見あげんの面倒だしさ」
言葉遣い、ざっくばらん過ぎやせんか。
今日も待たせることになるバウディに心の中で合掌し、彼女の隣の席を借りた。





