48:碧霊族と中和魔法と悪魔と筋肉と
バウディに今日あったこと……生徒会準備室のカギは返したこと、帰りにミュール様に絡まれたことなどを報告しながら帰宅し、自室ですぐさま服を着替えた。
日が高いうちに外で体を動かすのよ。
手芸も上手な母が作ってくれた動きやすいズボンとチュニックに、靴は庶民の子供が履くような革製の踵のないぺったんこシューズだ。
こちらの世界の革製品は、日本よりもリーズナブルでかなり普及している。素晴らしい。
魔獣の皮は薄くても丈夫だからと言われて、ちょっとファンタジーを感じてしまった。魔獣っていうのが、魔力を有した強い獣ってことは知識として知っているけど、身近に利用されているのは知らなかった。
きっと貴族である私が知らないことなんて、まだまだたくさんあるんだろうな。
平民になるのが、ちょっと楽しみになってきた。
庭に置いてある円形のテーブルに杖を立てかけ、椅子に深く座る。
まずは呼吸を整えて瞑想を行い、体感で十五分くらいしてから魔力の循環をはじめる。
早く回したり、ゆっくりしたり。
こうやって魔力を体内で自在に扱えるようになることが、魔法を使う第一歩なのだと基礎魔法学の授業で学んだ。
ふふん、私は本当はもうクリアしてるんだけどね。
足並みを揃えなきゃならないからさ、みんなに合わせて魔力を漏らしてる。母に見られたら恥ずかしくて、悶絶してしまうレベルの初歩具合。
血統で発現する特殊魔法のことも教科書に書かれていた。認知されている血統魔法は多くなく、この国でも王族を含め五つだけ。
どの家系に出るものなのか書かれていないので、秘密なのかと思って図書室で調べたら、ちゃんと記載されている文献があった。
その血統であっても、発現する人、しない人はいるので一概にはいえないらしいけど。
ミュール様の中和魔法の家系は、二百年前に断絶したと書かれていた。
二百年前……といえば、ボンドから聞いた碧霊族の話を思い出す。愛する妻を殺され――天敵ともいえる魔法を使う貴族のせいで、奥さんと一緒に天に昇れなくて……そうだよそれが魔法学校のある場所で、幽霊が夜な夜な徘徊するっていう!(捏造)
……もしかして、碧霊族の天敵魔法って、中和魔法だったんじゃないの?
思いついた予想に、ブルッと背筋に悪寒が走り、魔力循環が途切れる。
「どうしたんだ、お嬢?」
いつの間に庭に来ていたのか、バウディが声を掛けてきた。
人が居ることでホッとして、肩の力を抜く。
「珍しいな、魔力循環の最中に気を乱すなんて」
向かい側に座った彼から、水を受け取って一気飲みする。
魔力の循環を失敗したこと、やっぱりバレてた。自分で考えた嫌な想像に動揺したなんて、恥ずかしいけれど……。
怖い夢は人に話すといいって言うから、さっき思いついた怖い予想を彼に話した。
「なるほどな。時期的には合うが……」
話を聞き終えたバウディが、言葉を濁す。
「その碧霊族っていうのは聞いたことがねぇんだよな、似たような話ならあるが」
そう前置きして教えてくれたのは、碧霊族ではなく、悪魔が出てくるものだった。
200年程昔、死しても精神体が地に残る悪魔と呼ばれる種族があった。
当時はまだ遷都されておらず、いち領地でしかなかったこの地の領主は、悪魔の天敵である中和魔法を使う人間に悪魔の討伐を依頼したものの戦いは熾烈を極め、精神体となった悪魔に殺し尽くされた中和魔法の使い手の一族は英霊として称えられ、悪魔は領地の一角に封じられた。
「――それがこの土地で、言い伝えられている伝承だ」
「そうなのね。随分違うけれど、大雑把な内容は同じよね。ということは、諸悪の根源である領主が、碧霊族の奥さんに懸想したあげく死なせてしまったから、体裁を整えるために、碧霊族を悪魔ってことにして、人間の都合のいいように書き換えた可能性が大きいわね」
言葉にすると、そのゲスさにドン引きだ。
それにしても領主の情報操作に、うんざりしちゃうわね。
「その可能性は、高いな」
バウディも苦々しい顔をしているけど、きっと私の顔も苦い顔だわ。
被害者である碧霊族が、悪魔なんて呼ばれるんだもんなぁ……ん? 悪魔?
「そういえば、アーリエラ様に取り憑くのも悪魔だったわね。ということは、碧霊族の精神体がまだ魔法学校に残っていて、それがアーリエラ様に取り憑くということかしら」
「……」
顔を見合わせる。
「いや、それにしたって、なにかきっかけはあるだろう。二百年以上なにもなかったのに、急に――」
彼の言葉が途中で止まる。きっと同じことに思い当たったんだわ。
「きっかけがあるとすれば、中和魔法を使うミュール様の存在かしらね。殺し尽くされたことになってるけれど、生き残りがいたのよ」
自分で言っておいてなんだけど、彼女がトリガーである可能性は馬鹿高い。
二人そろって、渋かった顔がさらに渋くなる。
「お嬢、まだ憶測でしかねぇからな。あくまで、憶測だ」
彼が表情を改めて、注意してくる。
「そうね。碧霊族なら、精神体だから精神魔法が得意そうとか、そんなことないわよね」
あるわー、そんなことあるわー。
テーブルに肘をつき、顔を両手で覆ってしまった。
「だとすれば、辻褄が合うわよね。本来であれば、前期の最後の日に、私をきっかけとしてミュール様の中和魔法が開花し、それで本格的に碧霊族の人の精神体が目を覚まして、後期に入るとアーリエラ様が完全に乗っ取られて、大惨事になるって筋書きなのだし」
碧霊族の人の中和魔法を使う人間に対する悪意と、ゲームの中のアーリエラ様のミュール様に対する悪意の同調なのかな。
「だが、現段階で、公爵令嬢に異変はないんだろう?」
彼の言葉に頷いて、両手の中から顔を上げた。
「ええ、ちょっと性格についていけないところはあるけれど、取り憑かれた感じではないわね。……それはそれで問題かも知れないけれど」
彼女の自己中心的な性格を思い出し、遠くの空を見上げてしまった。
澄み切った青空が、とても綺麗だわ。
「ともかく、取り憑かれていないなら、今のところは安心だろう。そもそも、強化魔法を常用しなければ、中和魔法に干渉されることもないんだ。いまは、筋力をつけて、強化魔法を使わないようにするようにしよう」
ああああ、やっぱり筋肉かぁ。
なんか、筋肉ですべて解決だー! って、脳筋じゃない? 仕方ないんだけどさぁぁ。
その日から、筋トレメニューが強化されたのは、いうまでもない。
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