47:カギの代償
昨日、生徒会長のカレンド先輩からもらったカギだけれど、いまはしょんぼりとそれを手にして、図書室の隣にある生徒会準備室に向かっていた。
昨日の帰り道で、いつものようにバウディに学校であったことを報告したら、かなり怪訝な顔をされた……。
私だって、なぜこのカギを預けられたのかわからないわよ?
「お嬢、貴族の善意は、基本的に疑ってかかれよ」
「だ、大丈夫よ! 前期で学校を辞めて、平民になるんだもの。下心があろうが無かろうが、それで終わりだわ」
多少心苦しいけど、逃げるが勝ちってやつね。
「そう、簡単にいけばいいが――」
バウディから詳しいことを聞いたわけじゃないけど、彼は隣国の王位継承権の絡みで、色々面倒事があったんだろうから心配するんだろうけれど。
「私はしがない伯爵家の娘よ? 利用価値なんてないし、なんなら右足がコレだから余計に相手にされないと思うのよね」
「じゃぁ、なぜ、カギを渡されたんだ? ちゃんと考えねぇと、痛い目を見てからじゃ遅いんだぞ」
とまぁ、散々脅されて、カギを返すことにしたのよ。
でもねぇぇぇ、バウディの言うことは納得できるけどさ、こう、心の天秤が誘惑に傾くのよね。先輩たちの教科書とノートを読みたい……っ!
「なるほど、確かにその杞憂は理解できるな」
カギを返そうとした私に理由を聞いたカレンド先輩は、愉快そうに口元を緩めて、私に古ぼけたソファを勧めた。
「いえ、カギを返しにきただけですから」
「ドアは開けておくし、隣の図書室には司書が常駐しているから、なにかあれば飛び込めばいいだろう?」
う、ううむ、本当にカギを返してすぐに帰ろうと思ったのに……。
仕方なく座った私の前に、数冊の教科書とノートが置かれた。
「昨日聞いていた、君の選択教科だが。あまり取ってる者がいなくて、これだけしかなかったよ」
「わざわざ、探していただいたのですか?」
驚いた私に、別の捜し物のついでにな、と笑って言った彼はイケメン過ぎると思う。
「それで、そのカギを君に渡した理由だったな」
まだ私の手の中にあるカギを受け取ってくれない彼に焦れながらも、理由があるなら聞こうと話を促した。
「なんということはない、青田買いだよ」
「青田買い。私を、ですか?」
聞き返す私に、彼は鷹揚に頷いた。
「ああ、君の成績は聞いているし、向上心もあるし、性格も素直で……まぁ、少々心配になるところもあるが、それは今後なおしていけるだろう。そういうわけで、生徒会の役員候補として、口説く予定だったんだ」
なるほど、なるほど。
「とはいえ、即決してほしいわけではない。この準備室に通うことで、生徒会の仕事に触れて、興味を持ってほしいと思っていたんだ」
穏やかにそう締めくくった彼に、申し訳なさがつのる。
前期いっぱいで学校を出る予定なのに、やっぱり逃げるが勝ちは私の性に合わないわね。
「そういうことでしたら、やっぱりこちらはお返しいたします」
テーブルの上に置いたカギを、そっと彼の方に押し出す。
「そうか、残念だが仕方ないな」
テーブルに置いたカギを拾い上げられてホッとしたけれど、彼の胸ポケットに落とされるのがほんの少し惜しい気もする。
「だが、まぁ、昼休みは大抵、私がこの部屋に来て勉強をしているから。ドアが開いているときは、遠慮せずに入ってきて、これを読むなり、ここで勉強するなりすればいい」
とても魅力的な提案だけど、素直に頷けない。
「……それでは、私にばかり、利点があります」
ウィン・ウィンじゃないのが気になってしまう私に、彼は苦笑する。
「優秀な生徒を、応援したいと思う先輩がいたっていいじゃないか。あまり、善意を疑うのはよくないぞ」
ううっ、ここまで言われたら、しょうがないよね。生徒会長、押しが強いわ。
「では、ありがたく、こちらで勉強させていただきます」
「ああ、是非使ってくれ」
いい笑顔に見送られ、生徒会準備室を出た。
ぐったりした気分で一階に降りてゆくと、階段で元気に駆け上がってくるミュール様と鉢合わせした。
ぎくりとしたけれど、最近はわざわざ接触してこないし、大丈夫、大丈夫。
杖をつきながらゆっくりと階段を降りる私に、彼女は階段の途中で足を止めた。
そういえばここ……学校の中央大階段って、ゲームでの私と彼女の運命の場所じゃない。
背中に怖気が走り、足が止まりそうになるけれど、頑張って階段を降り続けた。
「レイミ、さん」
緊張がにじむ小さな声を無視しようかと思ったけれど、今は普通にクラスメイトだから……。足を止めて、数段下にいる彼女を見た。
「ミュール様、ごきげんよう。まだお仕事ですか?」
社交辞令を口にした私に、彼女もホッとしたように表情を緩め、距離を詰めてきた。
「はい、生徒会のお手伝いで、今から生徒会室に行くところです。レイミさんは、これから帰るんですか?」
子供っぽい言い方は貴族の世界では異質だけれど、日本の十五歳だとすればおかしくはない範囲なのよね。
「ねぇレイミさんって、どうして義足なの? 貴族で義足の人って、珍しいのよね?」
こういう質問は問題外だけどね。
あまりにも、プライベートに踏み込みすぎてる。
「ええそうですわね。でも、知り合いに、よい腕の技師がおりましたので、義足で歩ける可能性があるならばと、作っていただいたのですわ」
微笑んでそう伝えれば、彼女はふーんと気のない返事をしながら近づいてきた。
私としてはそれ以上彼女に近づいてほしくないんだけど、そんなことは言えないので穏便に離れることを考える。
彼女が近くに居ると、なんだか調子がよくない気がするのよね。彼女に対する、忌避感からのストレスかもしれないけど。
いまは強化魔法をなるべく使わないようにしているから、中和魔法を使われたとしても影響はないんだけど、純粋に近づかれるのがイヤ。
「ミュール様、お急ぎだったのでは? お時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。期限今日までの提出物だから」
聞けば、数日前にクラスで取っていたアンケートの解答用紙だった。
「それって……一昨日には、すべて回収できてましたわよね? どうして、今頃」
「えー? だって、提出期限今日なんだから、別にいいじゃない。遅刻じゃないもの」
あっけらっかんと言う彼女に思わず、真顔になってしまう。
「二日も書類を寝かせておく理由がわかりません。どうしてすぐに提出しないのですか、早ければその分、早く集計することもできるでしょう、なにか不足があった場合も早ければ対応ができるでしょう。それに、手元に置いておいて、書類が紛失したらどうするのですか。いいですか、何事も先んじて済ませてしまったほうが効率がいいのですよ」
私の前で、彼女の顔がげんなりしてゆく。
「レイミさん、カレンド会長みたーい……。お説教してくるのは、会長だけでお腹いっぱいですー! じゃぁねっ、バイバイ」
別れ際に肩をポンと押される。
「階段で人を押すものではありませんよ、ミュール様っ」
つんのめりかけて、駆け上がっていく彼女に苦言を呈したが、返事はひらひらと振られた手だけだった。
まったくもう……。
叩かれた肩から広がる違和感、いつもは滞りなく巡っている体内の魔力が乱れて気持ち悪い。
ひとつ深呼吸して、乱された魔力を整えた。
魔力を中和魔法で乱されても、すぐにリカバリーできればいいのよ! っていう思いつきだったんだけど、悪くないわ。
深呼吸ひとつで魔力の循環を整えることはできるようになったから、次は魔力が乱されたと同時に整えられるようにならなきゃ。
ただ……訓練の成果を試すってことは、ミュール様と接触しなきゃならないってことなのが一番のネックなんだけどさ。
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