39:公爵家は闇が深いようです
色々考えた結果、穏便な退学を目指すことを宣言した私に、バウディは腕を組んで難しそうな顔をした。
「穏便に、退学なぁ」
ふふん、私にはひとついい案があるのよ。
ベッドに広げた教科書の下から、ちょこんと出ていたそれを引っ張り出して、指揮者のようにくるくると振った。
アーリエラ様から頂戴した魔法の杖についている宝石が、日の光を受けてキラキラと輝く。超お高そうだから、名前を書いて引き出しにしまっておこう、なくしたら嫌だから学校には持って行かん。
「知ってるかしら? 魔法学校内でも、魔法の無断使用は禁止なんですって」
私の言葉で、彼はすぐに察してくれた。
「敢えて、無断使用するつもりか」
ご名答! ニッコリと笑う。
魔法学校にはちゃんと防御の魔法が掛かっているから惨事は起きないし、学校内での魔法の使用は国法で認められているから、国から罰せられることはない。
ということは、魔法学校内でだけ処分されて終わりなのよね。
なんて、好都合!
私の表情を見て肩の力を抜いた彼は、私の手にしていた魔法の杖を取り上げ、しげしげと眺めた。
一応、入手先を伝えておいたほうがいいかな?
「それね、アーリエラ様からいただいたの。ちょっと助けたお礼に」
多少強引だったけれど、コレを彼女に渡してしまうと、あの時の言い訳が水の泡になってしまうところだったのだから仕方ないわよね。
「ちょっとで、こんないい物をか? これは、普通のものより桁がひとつ違うぞ」
普通の杖でもン万、これはン十万ってことらしい。
何をしたんだ、と視線で問われながら、手の中に魔法の杖を戻される。
「彼女が構内で、虫を殺す魔法を使ったから、私が身代わりになったのよ」
「虫を殺す魔法?」
「ええ、そうよ。「闇の息吹に触れし、些末な虫ケラたちよ、その命を失え」だったかしら? 家で、普通に使ってるから大丈夫って言ってたけど、やっぱり学校でも勝手に魔法を使うのは駄目だったのよね。身代わりになって、私が身体強化の魔法でしくじったことにしたら、とりあえず見逃してもらえたわ」
魔法の杖を持っていないし魔力も込めていないので、呪文を口にしても大丈夫なんだけど、私の言葉を聞いた彼が口元を引きつらせる。
「それは、ただの虫を殺す魔法じゃねぇよ。そんなもんを、公爵家では常用してるのか。教師はその呪文を使ったことを知ってるのか?」
「知らないわ。先生が気づいて来るまでに、時間があったもの」
「だよな……。知っていれば、洒落にならん」
どう洒落にならんのか、聞きたいような、聞くのが怖いような。やっぱり聞きたくないわ。
彼も悩んでるし、このままスルーしてしまいたかったけど、そうもいかない。
「その魔法はな。人間も殺せるやつだから、使うの禁止な、もう忘れとけ」
あっさりとばらした彼に、釘を刺される。
やっぱりー、そんなことじゃないかと思ったわー。だって、呪文が不穏だもん。
「バウディも聞かなかったことにしておいてね。私も、忘れるから」
「ああ、そうしよう」
もうっ、本当になんて魔法を使うんだろう、アーリエラ様ってば。
でも、そうすると、この魔法の杖もそれなりに間違ってはいないことになるわね。
あ、そうだもうひとつ気になることがあったのよ。
「そういえば、アーリエラ様は、このぐらいの魔法なら、日常的に使っていると言っていたのだけど。簡単な魔法ならば、使ってもいいということはあるの?」
「ない、強化魔法以外は全部駄目だ。それに、アレは『このぐらい』なんていう魔法の範囲じゃねぇ」
きっぱりと言い切られた。
だよねぇ、虫ケラの範囲が広すぎるもんねぇ。
渋い顔の彼が続ける。
「まぁ公爵家だ、内緒で探知魔法を遮断する魔道具を、常時展開するくらいのことはしていてもおかしくはねぇけどな」
探知魔法、そして遮断する魔道具。
一気に、魔法の世界感がアップした。
魔力の体内循環とか瞑想とかばっかりだから、魔法って地味なもんだと思ってた! はじめて見たちゃんとした魔法も、アーリエラ様の虫ケラ(広義の意味)を殺す魔法だし。
ああ、早く学校で勉強したい。
ちゃんとした魔法を、使えるようになりたいっ!
「とにかく――公爵令嬢には、なるべく関わるなよ。嫌な感じしかしねぇ」
あー、締めはそれかぁー。
確かに、殺虫剤代わりの魔法がアレだし、貴族の義務である魔法だって、内緒で使いまくってるわけだし。嫌な感じしかしない、ってのは凄くよくわかる。
「善処します。アーリエラ様にも、ミュール様にもなるべく接近しないで、学校ではとにかく勉強を頑張ってきます」
私は学生の本分を頑張ってくる! とにかく、二人には近づかず、できる限りのことを学んでこよう!
「ああ、それがいいだろうな。もしなにかあれば、すぐに報告しろよ。いや、なにもなくても報告してくれ」
心配性っぽい彼のリクエストで、毎日学校であったことを報告することになった。
否はないんだけど、なんだか子供扱いされてる気がしないでもないわね。
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