32:祝・ご入学
誤字脱字報告ありがとうございます! 大、感謝!
祝・ご入学――の看板はないけれど、学年を表す臙脂色の短いマントをつけた真新しい制服に身を包む初々しい生徒たちが、緊張と期待の混じった表情で魔法学校の校門をくぐっている。
「お嬢、いいですか、くれぐれも、調子に乗らないでくださいね」
「わかっているわ。大丈夫、保身のためですから」
こそこそ話しかけてきた付き添いのバウディに真剣な顔で頷く。
魔法学校の入学に向けてバウディから教わった『常識』は、私の理解していた常識ではなかった。
私の常識で生活してしまうと、とてもまずいことがおこるのだと、起こりうる『まずい』事態を列挙されて、震え上がった。
え、なに、強制労働じゃないのそれ、ありなの、この世界、職業選択の自由はとても大事。
本当はもう必要のない松葉杖を使い続けているのだって、保身の一環だ。
松葉杖はボンドにお願いして、コンパクトなものに形を変えてもらった。涙目で引き受けてくれたけど、本当に申し訳なさで一杯になったよ。
「こんなに早く無用になるとは思わんかったなぁ……」
ボンドの呟きが胸に迫る。ごめんね、私の才能が素晴らしくて!
「その代わりに、義足が活躍してるわよ! ほらほら、義足に強化魔法を掛けて、板を蹴破れるようになったのよ」
実演してみせたら、目を丸くしてくれた。どやぁ!
「本当に、強化魔法を覚えちまったのか!」
テンション上がりまくりのボンドが持ってきたのは、『例のぶつ』だ。
三段ロッド内蔵甲殻型義足。要強化魔法。
「一応作ったが、出番は無いもんだと覚悟しとったんじゃ」
すぐに足を入れる部分の型を取り、完成してもらった。今回は前回よりも深めに入るようにして、バンドはなしにする。
スライム素材のゴムはとてもよくフィットするので、滅多なことでは外れないし、魔力循環をすると一層一体感が増すので、外れにくくなるのだ。
新作義足最高!
通常はロッドが芯になっているので強化魔法は必要ないけれど、ロッドを取り外してしまうと強度が下がるので義足への強化魔法が必須という、使う人間を選ぶ代物だ。
因みに、ロッドに使った伸縮構造の新技術登録も通った。
武器だからまずいんじゃないのかなー、って思ったんだけど。そもそも、魔法も魔道具もあるので、今更武器の種類が増えたところで問題にならなかった。
携帯式のコップとか、折りたためる漏斗とか、平和的な利用をされているらしく、こちらでも収入が入ってくるようになったのよ。ひゃっほー!
あとは、電撃の機能についてなんだけど、ロッドを入れた状態で強化魔法を義足に使うと、電撃が反応してしまうという不具合が発見されてしまったので、現在調整中。
それを解消するまでは、新しい義足の使用は禁じられてしまった。
その代わり、古い義足の足を入れる部分を深く作り直してもらって、ベルトを外した。これだけでも、かなり動きやすくなった。
そんなわけで、今日は古い義足と、左手で使う腰くらいの長さに縮めてもらった杖で登校してるのよ。右手がフリーなのは素晴らしいわ。
公式には右足が不自由ってことになっているので、急げないから早めに登校した。――という設定だ。
「お嬢。くれぐれも、くれぐれも、気をつけて」
言いながら、私の襟と、肩から背中に広がる短いマントを直す。
「ええわかっているわ、大丈夫よ。また帰りに迎えにきてね」
校門の手前で念を押すバウディを送り返し、わくわくしながら校門をくぐった。いけない、いけない、つい強化魔法を使って普通に歩いてしまいそうになる。
ああ、桜がないのが物足りな――。
「レイミ様ぁ」
通路の先で、華やかな金色の髪を揺らすアーリエラ様が、品よく手を振っている。
うわぁ……回れ右して帰ってもいいですか。
なんてことができるはずもなく、苦肉の策で広い通路の脇に等間隔に植えられている木の陰に彼女を誘った。腰高の茂みもあるから、隠れるのに最適よね。
人がいない時間帯でよかったわ。
「お久しゅうございます、アーリエラ様」
微笑んで少しだけ膝を曲げて礼をする。
「レイミ様もオープニングイベントを見にいらしたのねっ」
彼女は挨拶もそこそこに、両手を胸の前に組んで目を輝かせた。
はて、オープニングイベントとは? それを聞く前に、彼女ははたと停止し、それから驚愕の表情になった。
「レ、レ、レイミ様……その右足は……っ」
「ああ、こちらですか? 義足ですの。靴下を履くと、わかりませんでしょう?」
うふふふ、と笑う。
「そ、そ、それに、従者のバウディ様は……」
「義足と杖があれば、ひとりで歩けますので、彼には校門で帰ってもらいました」
私がにっこりそう言うと、彼女はふらぁと貧血を起こしたように崩れ落ちた。とても品良くスローモーションで崩れ落ちたので、特に問題はないだろうが、一応心配してみせる。様式美だ。
「大丈夫ですかっ、アーリエラ様」
彼女が座り込んでいる側に、私も座り込んで彼女を支える。横座りしかできないけど、仕方あるまい。
「ええ、ええ、大丈夫よ……」
額に手の甲を当ててくったりとしているのがとても様になっている、さすが生粋のお嬢様だ。
「まさか、あなたが、そこまでなさるなんて思わなかったので。驚いてしまいましたわ」
涙目で詰るように言われた。
えー、なんでー? ゲームの物語から逸脱するんだから、そんな恨みがましい目で見られるのおかしくない?
……さては、まだ諦めてないわね?
本当に懲りない子だなぁ。
とはいえ、オープニングイベントというのを思い出した。あれだ、ヒロインちゃんが物語の主要キャラである男子生徒に出会う場面だ。
出会う男子によって流れが変わるので、きっと気になるんだろうなぁ。
私はバウディを学校の中に入れないようにしたから気が楽だけど、彼女の意中の人である第二王子は生徒だからどうしたって物語から逃げられないし、心配なんだろうな。
そんな風にしんみりして。
彼女を勇気づけるために、茂みに隠れてヒロインちゃんの登校を二人で待つことにした。





