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推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~  作者: あけちともあき
リュカ・ゼフィ号事件〜リトル・シャーロット〜

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第92話 トレボー侯爵の挑戦

「では、わしに関することを当ててごらん。質問は三回までやってもいいよ」


「分かりましたわ!」


 やる気に満ちて頬を紅潮させるシャーロット、その隣りに座ったマクロストは、やれやれと肩をすくめた。


「妹のわがままにお付き合いいただき、ありがとうございます」


「なに、シャーロットはわしの娘になるのだ。義理の父としてこれくらいはやってやらんとな」


 兄とトレボー侯爵のやり取りをよそに、シャーロットは考える。

 頬に指を当てて首を傾げ、何かぶつぶつと呟いていた。

 そして、推理すべき内容を思いついたようである。


「それじゃあ、おじさま! 質問ですわ!」


「はいはい、どうぞ、質問したまえ」


「バリツの先生をうちに紹介してくださいましたけれど、おじさまは先生と古いお知り合いだというのは本当なのですか?」


「そうとも。わしが若い頃にあの男と友誼を交わしてな。マクロスト殿もバリツを習っているそうではないか。一子相伝の秘技を教えたいとあやつが言っておったぞ」


「いやいや、私は体が鈍らぬよう、スポーツの一環として先生の教えを受けているだけですよ。先生は私を買いかぶりすぎです。表に出るよりも、読書をしている方がよほど性に合っている」


「お兄様ったら、先生にすっごく気に入られてるのに謙遜するの! もう、あったまきちゃいますわ! ……と、お話がそれてしまいましたわね! えっと、じゃあ1つ目の推理ですわ」


 シャーロットが人差し指を立てる。


「おじさまはお若い頃、遥か東方の国、蓬莱にいらしたでしょう?」


「ほう!! その通りだ! よく分かったなあ」


「先生のお話になるエルフェンバイン語と、おじさまにちょっとある西部訛りが一緒ですもの。それに、先生がなさる作法は、トレボー侯爵領の流儀と同じでしたわ。これでお二人に深い付き合いがあることは分かりますの」


「ふむふむ、さすがだ」


 トレボー侯爵が微笑む。


「それで? それだけでは、わしが蓬莱の国にいた理由にはならぬだろう?」


「ええ。他にも、おじさまが今ネクタイを留めていらっしゃるピンの飾り。それは蓬莱でしか採れないという霊石なるものでしょう? 国外に持ち出すことは叶わないと聞いたことがありますわ」


「よく知っているなあ……」


「おじさまは蓬莱で何か大きなお仕事をなさったのでしょう? それで、蓬莱の王に認められて、特別に霊石を賜った。だからそれを誇りとしてつけていらっしゃると、そこで先生とお知り合いになった!」


「その通りだ! いやあ、さすがだなあ……」


 周囲で聞いていた貴族たちも、感心してどよめく。

 そして得意げなシャーロットの可愛らしい姿に、思わず笑みをこぼしていた。


「ええ。今回はちゃんと推理を結論から話しましたからね。シャーロットの物言いも常にそうであればよいのに」


「もう、お兄様!」


 シャーロットがマクロストをポコポコと叩いた。


 ここで、新たな登場人物。

 トレボー侯爵の第一子であり、シャーロットの婚約者オットーが現れた。


 かれは青みがかった灰色の髪を後ろに撫で付け、一房だけ前髪を左側に垂らしている。

 整った容姿の青年で、馬術で鍛えられた体はがっちりとしている。

 だが、そんな肉体も船酔いには勝てず、顔は青ざめて足取りはふらふら。


「うう……。気持ち悪い」


「オットー様!」


 シャーロットが彼を見つけて、大きな声を上げた。


「シャ、シャーロット! 大きな声を出さないで……。頭にガンガン来る……」


 オットーが呻いた。

 いつの間にか移動したのか、傍らにマクロストがおり、オットーに肩を貸した。


「大丈夫……ではありませんね、オットー。なに、吐くものは吐いてしまったのでしょう。ならば、すぐに楽になる。船の上など馬上と変わらぬと考えるべきでしょう。気の持ちようだ」


「君はそう言うがな……。ううっ」


 連れてこられたオットーは、トレボー侯爵の斜め向かいに腰掛けた。


「オットー。今な、シャーロットがわしの秘密を言い当てる遊びをしているのだ。わしが蓬莱にいたことを見事に言い当てられたぞ!」


「そうか……。父上は本当にシャーロットがお気に入りだな。俺としては、未来の妻の利発さに戦々恐々としているよ」


 青ざめながらも冗談を口にするオットー。

 周囲の貴族たちも、くすくすと笑った。


「それから、おじさまは常に身の安全に気を配っていらっしゃいますわね」


「ほう、それはどうしてだい?」


「おじさまの家の騎士の方々が、よくワトサップ辺境伯領に行かれてますでしょう? あそこって、エルフェンバインで唯一の戦争の最前線だって聞きますわ。そこに行くのは、戦いの勘をなくさないためでしょう? それで、実戦の感覚を忘れないようにしないといけない理由があるのではないですの? だから、おじさまは強い騎士を周りにおいて、常に安全に気を配っていると思いましたの!」


「その通りだ! わしの身が危なければ、侯爵領を運営などできないからね! いやはや、さすがだ!」


 貴族たちは、この小さなレディの利発さに拍手し、将来の夫となるオットーも、嬉しそうに微笑む。

 この素晴らしき女性を迎え入れれば、トレボー侯爵家の将来も安泰になるだろう。

 誰もがそう思った。


 ただ一人、マクロストだけはいつもの飄々とした表情のまま、何かを考えている様子だったが。

 だが、彼は大人だ。

 心中にあることを口にはしない。


 だからこの場はこのまま、和やかな空気に包まれて流れていくはずだった。

 しかしこの場に、マクロストに匹敵する頭脳を持ちながらも、まだまだお子様な人物がいたのである。


「後は、おじさまの二の腕は怪我をした跡があるでしょう? そこには刺青をしていたのですわね。だけど理由があって皮ごと削ってしまって、だからそれはあまり良くない思い出なのでしょう? 黒い鳥の刺青の跡だと思うのだけど、強い騎士の方たちを連れているのに関係あるのかなって思ってましたわ」


 ここで、トレボー侯爵の顔色が急変する。

 彼は真っ青になり、黙り込んだ。

 船酔いしているオットーよりも、顔色が悪いくらいだ。


「済まんが、わしはちょっと気分が優れなくなった。一休みしてくる」


 そう告げて、トレボー侯爵は立ち去った。

 これで推理ショーはお開きか、と散っていく貴族たち。

 あるいは、小さなレディが侯爵の暴かれたくない過去に触れたのか、と興味津々の貴族たち。


 状況が分からぬまま首を傾げるシャーロット。

 その後ろで、マクロストが天を仰いで「正直は美徳と言うが、何もかも詳らかに告げるのは凶器のようなものだな」と呟いたのだった。


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