第75話 黄金の馬
エルフェンバインには、お互いの家の自慢の馬を持ち寄ってレースをする集まりがある。
これはこの国では一般的な娯楽で、貴族や商人、一般庶民までもが集まってレースを楽しむのだ。
以前、レース結果を賭け事にしていた不届き者がいて、しかもとても儲けていたらしく、イニアナガ陛下が大層お怒りになった件があった。
その後、賭け事を禁止にした……のではなく、その不届き者と司法取引をして、彼を公営での賭け事……ギャンブルの管理者に任命した辺り、イニアナガ陛下は凄いと思う。
それ以降、たまに行われるこのレースは、馬を競い合わせる集まり、競馬と呼ばれ、エルフェンバインの大きな収入となっているそうだ。
広場に座席や立ち見席が設けられ、そこからレース場が覗ける。
レース場とは言っても、広い範囲を芝生にして、馬が走りやすいようにしてあるだけだ。
お弁当などを食べながら、これを見るのは、この国でも贅沢な方に入る娯楽。
一度うちの軍馬も参加させてみようかな。
だけど、競争用に鍛えられた馬にはとても勝てなさそうだ。
障害物レースならいけるかな……?
そんな事を考えながら、メイドが作ってくれたサンドイッチをパクパクと食べた。
今日のは、きゅうりとマヨネーズのサンドイッチだ。
美味しい。
熱い紅茶は望めないので、水筒に入れてきた冷やして飲む用の紅茶を飲む。
レースが始まるところだった。
今回の注目は、ミルトン伯爵が連れてきたという名馬、黄金号だ。
栗毛の毛並みが、光の加減で黄金に見えるから名付けられたという。
その馬が現れた時、会場がどよめいた。
「すごく金色じゃない」
栗毛どころじゃない。
陽の光の下では、黄金号は本当に、全身金色に見えたのだ。
馬と騎手の紹介が行われた後、レースが始まった。
私がいるのは婦人席で、ここはのんびりお弁当やお茶をしながらレースを見て、談笑するための場所。
それに対して、紳士席ではレースのチケットを握りしめた男たちが、目を血走らせて叫んでいる。
男女で席を分ける訳である。
お金や勝敗が掛かると、男たちは動物みたいになるのだ。
こちらでは、馬の美しさや走りの優美さを愛でているのに……。
おっと。
「そこ! そこよー! 走って、カゲマル号ー! あー! また抜かれた! あー!」
近くでカゲリナが頭を抱えていた。
彼女の家で育ててカゲマル号が出走したそうなのだが、たくさんの人が見ている前で緊張したらしく、走りはイマイチ。
カゲリナが無念そうに呻く。
テリアのポーギーが彼女の足元にまとわりついて、心配そうに見上げている。
ポーギーは可愛いなあ。
ちなみに、噂の黄金号。
速い。
猛烈に速い。
あっという間に他の馬たちをちぎり、ゴールへと駆け込んでしまった。
スタートからゴールまで、ずっとトップだった。
すごい馬だな……。
会場は大歓声。
前評判で、凄い馬だという噂が流れていたらしく、ギャンブルの掛け率は低めだったらしい。
男たちは他の馬にかけて、一攫千金を狙っていたようだが……。
紳士席で嘆く彼らの姿を見るに、みんな夢破れたな。
ナイツがバスカーを連れて、しょんぼりしながら戻ってくる。
「うう、俺の今週分の給金が……」
「ギャンブルに全部つぎ込む人が何か言ってる」
『わふわふ』
「きゃうーん!」
バスカー登場に、ポーギーがジャンプして喜びを表現した。
駆け寄り、子牛ほどもあるバスカーにむぎゅむぎゅとすり寄る。
バスカーも、友達であるポーギーを前足でふにふにと揉んだり、鼻先で転がしたりしている。
殺伐としたギャンブルの空気が向こうで流れる中、ここは癒やしの空間だなあ。
「ううう、残念でした……。カゲマル号はビリから二番目でした……」
嘆くカゲリナ。
「元気出して。デビューだったんでしょ? 緊張してたんだよ。だんだん慣らしていけばいいじゃない」
「そ、そうですよね……! あの子、心優しい馬だから、緊張しちゃうと力が発揮できないんですよね!」
そう。
今日は、カゲリナと連れ立って競馬を観に来ていたのだ。
私の目当ては、カゲリナが連れてくるポーギー。
バスカーが会いたがっていたので、彼女の馬が競馬に出ると聞いて、同行することにしたのだ。
目論見通り、バスカーはポーギーと嬉しそうにじゃれあっている。
カーバンクルでネズミのピーターとも仲良しだけど、犬のテリアと、モンスターとは言え犬っぽいガルムはとても気が合うみたいだ。
「あっ、ポーギーが嬉しすぎておしっこした! ちょっと、執事ー! 執事ー!」
カゲリナがお付きの人を呼ぶ。
ポーギーのおしっこの後始末がされている中、私はまだざわめきが消えないレース場を見渡す。
勝利した黄金号が、騎手を乗せてゆっくりと会場を歩いて回っていた。
ちょうど、私の目の前を通過する時だ。
黄金号と私の目が合った。
私はそこに、軍馬たちに感じているものとは別の種類の輝きを見た。
動物が人間を見つめる眼差しではない。
何か、人ならざるものが、相手を見定めている目だ。
そして、黄金号が足取りを止めて、私をじっと凝視した。
「あら」
「こ、こら、黄金号!」
騎手が声を掛けるが、馬は動かない。
しばらく私と黄金号は見つめ合う。
その間に、バスカーがヌッと割り込んだ。
『わふ』
すると、黄金号はまた動き出した。
バスカーとは目を合わせようともしない。
というか、厄介者から離れようとするような動きだ。
なんだろう?
「あの野郎、俺の給料をふいにしやがって」
ナイツが憎々しげに黄金号のお尻を眺めていた。
彼が反応しないということは、敵意は無いのだと思うけれど。
私のことが気になったのかな?
その時は、こんな疑問を覚えたものだ。
そして、翌日。
エルフェンバインの王都に、『黄金号、消える』というニュースが流れるのだった。




