第47話 殺された依頼人
我が家の大型犬……というかガルムのバスカーには、友達がいる。
シタッパーノ子爵家(この間、晴れて昇格した)が飼っているテリアのポーギーだ。
ちっちゃいのに、大きなバスカーを親友だと思っていて、彼がやって来ると尻尾をぷりぷりと振りながら歓迎してくれる。
バスカーもこの小さい友達を気に入っているようで、最近はちょこちょこ、並んでお散歩をするのだ。
カゲリナが真面目な顔で、私の隣を歩いている。
「子爵家の令嬢たるもの、背筋をぴしっと伸ばしませんと」
「そんなに気負わなくていいんじゃない……?」
カゲリナの相方たるグチエルは、子爵令嬢だけどフランクな感じなんだし。
そして現在、私とカゲリナの二人で犬を散歩させているのだけれど、護衛とかそんなものはついていない。
バスカーがいるので、とても安全なのだ。
誰も近づいてこないし。
バスカーの隣を、ちょこちょこ振り返りながらポーギーが歩いていく。
途中、彼が立ち止まり、キャンキャン!と鳴き始めた。
なんだなんだ。
『わふ』
バスカーがピプー、と鼻を鳴らす。
ポーギーの視線の先を見ろってこと?
彼が示した先に目をやると、そこには……。
道の真ん中でカマを振り上げたカマキリがいた。
ポーギーはカマキリからバスカーを守るために立ち向かったのだ。
かーわいい。
「カマキリですね……」
「そうねえ。道の真ん中にいると危ないから、どけてくるね」
私はカマキリに近づき、ひょいっと摘んで横の茂みに乗せた。
ポーギーが、ひと仕事やり遂げたような顔をしている。
バスカーに向かって、舌を出しながら尻尾をフリフリ。
我が家の大きな犬は、小さな友達に顔を近づけると、その顔をペロッと舐めた。
ほっこりする仲良しぶりだ。
こうして、バスカーとポーギーの交流を終えて、私は帰途につく。
馬にまたがり、バスカーを走らせて我が家へと帰るのだ。
ワトサップの家が見えてきた頃、門の中に馬のない馬車があることに気付いた。
シャーロットが来ている?
「ジャネット様! お菓子頂いていますわ!」
「来てた! しかももうお茶飲んでお菓子食べてた!」
勝手知ったる我が家というやつだ。
私がいなくても、平気でやって来て帰ってくるまで居座ったりするシャーロット。
我が家の紅茶の味を、「香りだけのついたお湯ですわね」とか言うけど、お菓子を食べる時はこれくらいでちょうどいいらしく、辺境名物のボリューミーな焼き菓子をもりもり食べていく彼女。
今日もまた、焼き菓子を皿に盛り付けてもらい、せっせと消化していた。
「お腹についた不可解なお肉の件は大丈夫なの?」
「解決しましたわ。わたくし、屋敷でバリツの練習をすることにしましたの。魔法生物に相手をさせていますから疲れ知らずですわよ。汗もかけて、お菓子で摂取したエネルギーも発散できていいことばかりですわ!」
お菓子をちょっと減らしたらいい話では?
解せぬ。
私は馬を馬房に戻し、バスカーとともに庭のテーブルについた。
「それで今日はどうしたの? また事件?」
「察しがいいですわねえ。また事件ですわよ。ほら、これ」
シャーロットが差し出したのは、封筒だった。
中に手紙は入っておらず、だけど何かぽっこりと盛り上がるものが入れられている。
封が切られていたので、逆さにしてみた。
見たことのない、種らしきものがころりと落ちてくる。
「これなに?」
「俗にエルフの実と呼ばれる木の実の種ですわね。この辺りに植えても芽吹きませんわよ? 近くにエルフがいて、たっぷりと植物の精霊力を浴びせないと根付くことができない植物ですの」
「エルフを利用してるのね……。で、これが何か? あ、差出人の名前が書いてある。“人間原理主義同盟”?」
「異種族は魔王が連れてきた存在で、この世界は人間だけのものだった。だから異種族を排除すべきである。と公言する団体ですわね。これ、依頼人が昨日持ってきたのですけれど」
「ふんふん」
「今朝方依頼人が殺されましたの」
「なんですって」
急展開過ぎる。
「依頼人の血にはマーメイドのものが混じっていたそうなのですけれど……。お父上も人間原理主義同盟に殺されているみたいなのですわ。まあ、こんな衝撃的な展開なのですけれど……」
シャーロットが、はあーっとため息をついた。
ご令嬢らしからぬ、ちょっとお下品な仕草だ。
「ここまで舐められたのは久しぶりですわねえー。ちょっと今日中に決着をつけますので、エネルギー補給のためにこちらに来た次第ですわ!」
「我が家はシャーロットのエネルギー補給所かあ。それで、今日中って言うけど、目処はつくの? どこにいるかも分からないでしょ」
「分かりますわよ。これ、船便で届いた手紙ですの。依頼人は外国からこちらへ逃げてきたようですわね。それを犯人も追ってきたのでしょう。つまりこの手紙は、依頼人に恐怖を与えて追い詰める、と言う宣告ですわ。なんて趣味の悪い。だったらこちらは予告なしで追い詰めていきなり捕らえてみせますわ!!」
おお、シャーロットが燃えている。
どうやらいきなり依頼人が殺されるという事態は、シャーロットのプライドを傷つけたらしい。
「よし、分かったわ。ちょっと水浴びして汗を落としてくるから、そうしたら出発ね」
「話が早いですわねえ! だからジャネット様は大好きですわ!」
はいはい。
こうしてまたも、新たな事件に巻き込まれる私なのだった。




