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推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~  作者: あけちともあき
ローグ伯爵家跡の魔犬事件

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第26話 ここはゼニシュタイン商会

 商会に赴くと、私の馬車の紋章を見て、わっと店員が集まってきた。

 番頭らしき人が揉み手をしながら、ペコペコと頭を下げる。


「これはこれは……。今や時の人となられたワトサップ辺境伯令嬢ジャネットさまではございませんか……! わざわざ足を運んでいただき、感謝にたえません……!」


「ええ。たまにはね」


 私はほほ笑みを浮かべながら彼に答えた。

 その横で、シャーロットがスッと馬車から降り、どこかに消えていってしまっている。


 私に注目を集めて、彼女が自由自在に調査して回る作戦なのだ。

 そうか、私は囮かあ。


「まあまあお嬢。めったにこないところなんですから、見物していきましょうや」


 気楽な調子で告げ、ナイツが先行する。

 護衛なのに私を置いていってどうするんだ。


 早足で彼を追いかけた。


 ゼニシュタイン商会は、大きな建物の大半が店舗になっている。

 多くの店員がおり、幾人かの番頭がそれを仕切っていた。


 商会の本部に当たるのは建物のほんの一部。

 そこに会長がいるらしい。


 高級品が並べられている一角に案内され、特に欲しい物もないなと眺めていたら、その会長がやって来た。


「これはこれは! ジャネット様、わざわざお越しいただけるとは……。言っていただければお迎えに上がりましたものを」


 まんまるい感じのおじさんである。


「たまにそういう気分になるの」


「さようでございますか! おい第二番頭! 失礼の無いようにな! あのワトサップ家のご令嬢だぞ」


 番頭に怒鳴りつけた後、会長はへこへこと頭を下げた。


「ではどうでしょう。一級の紅茶を集めて、ただいまキャンペーン中でして……。応接室でお待ちいただければお持ちしますが」


「紅茶はいいわ。兵士の訓練で使う模擬刀と標的の人形が傷んでいたから、それを見たいの。応接室に持ってこれる?」


「いや、あの、さすがにサイズが」


「なら、私が直接行くわ」


 私は店の人たちを従えて歩き始めた。

 彼らに告げたものは、実際に必要なものだ。


 訓練を行っていると、それに使用される道具は消耗していく。

 道具が訓練中に壊れてしまえば、思わぬ怪我が発生するかも知れない。


 避けられる怪我は避ける。

 戦闘訓練の鉄則である。


 私が会長や番頭、店員たちを引き連れているので、大変目立つ。

 店内の注目を浴びることになってしまった。


 今頃シャーロットは、さぞや動きやすいことだろう。


 結局、訓練に使用する模擬刀を十本と、先を潰した槍を十本、鎧を着せられる木造の人形を三つ購入した。なかなかの出費だ。


「ついつい買い物に来ると、衝動買いをしてしまうのよね……。悪い癖だわ」


「お嬢の衝動買いは実利的なものばかり買いますからね。もっと少女趣味なものを買ってもいいんじゃないですかね?」


「その辺りはメイドに任せているの」


 令嬢である外面を保つための服装や香水、小道具などは、王都において浮いた存在にならないための手段でしかない。

 メイドたちには、世のご婦人がたの流行をリサーチさせている。

 彼女たちに任せておけば間違いないだろう。


 訓練に使う武器のほうが、手を抜けないというものだ。


「では後で我が家に届けて頂戴」


 約束手形にサインをして、私は馬車に戻ってきた。

 後で父に報告をしておかねば。


 馬車の中には、既にシャーロットがいる。

 満足げだ。


「首尾はどう?」


「万全ですわよ。商会本部をローグ伯爵邸に移動する、という計画書までバッチリ記憶して参りましたわ。それに責任者の名前も記憶しましたわね」


「仕事が早いなあ……」


「ジャネット様が表で、皆様の目を引きつけてくれましたもの。どうやら今回の件に、会長は絡んでいませんわね。そしてローグ伯爵邸は間違いなく、ゼニシュタイン商会が競り落とすことでしょう。それだけの予算が用意されていましたわ。そう、それこそ、伯爵邸の評判を落として価値を下げる必要がないくらい」


「なんですって? それってつまり、商会は事件に絡んでいないということ?」


「絡んでいますわね。責任者がおりますの。番頭代表のモークという男ですわ。商会の古株に当たる男ですけれども、野心家で次の会長の座を狙っていますわね。彼がローグ伯爵邸の件を提案し、競売まで一括で管理することになっていますわ。つまり……競売の場には彼は現れませんの。そしてモークはこの取引における、金銭と契約、書類の管理を一人で行っていますわ」


「真っ黒じゃない! デストレードに伝えないと!」


「ええ、もちろん! そして彼には、できれば自供して欲しいものですわねえ。間違いなく、問い詰めてもしらばっくれますわ。証拠は少しずつ集まるでしょうけれど、その前に競売は始まってしまうでしょうし……。さて、どうやって自供させたものか」


 珍しく、シャーロットが考え込むポーズをした。

 今、悪知恵を絞り出しているに違いない。

 彼女に任せておくと、あちこちに迷惑が掛かるような作戦になりそうだな、なんて思う。


 ゼニシュタイン商会とは、今後もそれなりに有効的な関係を築いておきたい私としては、穏便に事件を解決したいのだが。


「目撃者でもいればいいのですけれど」


 シャーロットがふと呟いた言葉で、ハッとした。

 目撃者。

 いるじゃないか。


 多分、『彼』なら殺しの現場を見ていただろう。


「ねえシャーロット」


「はい? どうされましたの? ジャネット様の目がきらきらしているのですけれど」


「ローグ邸の魔犬に会いに行くわよ。彼ならきっと、見ていただろうから!」


 私の提案に、シャーロットは心底驚いた、と言う顔をするのだった。


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